シャワーパニック突然出発したしまった実戦で心身ともに疲れ果てたものたちにとって、休憩時間は貴重も貴重、最も大切なものだった。 そして、それは言うまでもなく技術スタッフであるヴィーノ・デュプレにも当てはまる。時間で言う朝からずっと格納庫につめ機体の整備やら修復やらで疲れ、すぐにでも割り当てられた自室のベッドに大分したいのを我慢し、ヴィーノは今その身についた汗やオイル等の匂いを消すべく共同シャワールームに居る。これから十分睡眠が取れるということもあり気分がいいらしく鼻歌を口ずさんでいる。 既にヴィーノの意識はこれから訪れる安眠に向かっている。 ヴィーノが鼻歌を口ずさみながらシャワーを浴びていると、限られたものしか身に纏うことが出来ない赤の軍服を身につけた兵士が新たに入ってきた。 真っ黒で艶のある髪。吸い込まれそうな、だがひきつけられてしまう真紅の瞳。少年から青年へと移りかけたそのもの――シン・アスカは、緩慢な動作で開いている備え付けの棚の前に立った。 そして無造作に脱ぎ捨てた郡服をそこに放り込むと、頼りなげな足取りでシャワールーム内に入っていった。 「ン・・・・?」 「・・・・・・・・・」 技術スタッフといえどやはりアカデミーを卒業している。人の気配くらいは察知できる。 新たな客に気付いたヴィーノは、そのものの顔を拝もうと、仕切りからほんの少し顔を覗かせた。 目に飛び込んできたのは、よく知っている顔。 パイロットである彼と技術スタッフである自分は、ことあるごとに顔を見せるが、まさかこんな所で顔を突きつけあうとは思っていなかった。ヴィーノの口元は思わず綻んでしまう。 そして、普段のように彼に、シンに声をかけた。 「なぁんだ、シンじゃん!!」 「・・・・・・・・・・・」 「オレさっきやっと今日のシフト終わったんだよ。シンもシフト終わったのか?」 「・・・・・・・・・・・」 「シン?」 幾ら話しかけても、返事を待っても、シンからの反応は何もない。普段の彼ならば間を置かず返してくれるというのに、一体どうしたのだろうか。訝しげに思ったヴィーノは個々に区切られているシャワールームの、シンが使用している場所、ヴィーノの使用している区間の隣へと移動した。そして、シャワーを浴びるでもなく突っ立ったままのシンに近付いた。 ――――――すぐ後に後悔するとも知らずに。 「シーーーン!!」 比較的傍で大声を出してみるが、シンはヴィーノに背を向けたまま、やはり何の反応も返してこない。全くもっておかしい。 どうしたのだろうか。何かの病気にでもかかってしまったのではないだろうか。そう心配しながらヴィーノじっとシンの背中を見つめていた。見つめながら、ふと、実は着痩せするタイプなんだな、鍛えられ申し分ない筋肉のついた腕に気を取られる。滅多にお目にかかることの出来ない服の下のシンの身体は、思っていたものよりも遥かに逞しいものだった。 そこで、漸くシンに動きがあった。食い入るように見つめていたからからであろうか、その視線でやっとヴィーノの存在に気付いたらしい。 シンは徐に振り向くと、己よりも若干低いヴィーノを見下ろす形で見つめた。深い真紅の瞳が真っ直ぐヴィーノを映し出す。しかし、シンの瞳はただヴィーノを映しているだけで、焦点が合っているわけではなかった。 そう、彼の瞳の焦点はぼんやりとして定まっていないのだ。だが、ヴィーノはそれに気付かない。 シンの視線を受け、見上げる形でヴィーノもシンの瞳を覗き込んだ。見上げる形、と言うことなのでシンから見ればヴィーノは上目遣いをしている形で映る。 シャワーを浴びていた途中ということもあり、水滴はヴィーノの体全身に付着している。普段ははねている茶と朱の髪も、水分を含み重力にしたがって大人しくしている。頬に張り付き、それを伝って水滴がぽたぽた下へ落ちて行きもしている。 しかも、だ。当然のことではあるが今の今までヴィーノはシャワーを浴びていた。シャワーを浴びるのに何か着ているものは例外を除き、まずいない。何とはなしに近付いただけなので、タオルも手元にあるわけではない。 すっぱりはっきりキッパリ言うと、今ヴィーノは全裸なのだ。その上水滴がいたるところに残っている。水も滴るなんとやら、だ。 「シン、どっか調子悪いのか・・・・・・っ!?」 ヴィーノにしてみれば、同僚で仲のよい親友みたいな存在が普段とは違う行動をとっている、だからとった行動はごく自然な行為だ。心配そうに顔を覗き込みながら小首を傾げた。 だが、その直後ヴィーノは強い力に、左側の壁に押さえつけられるように引っ張られた。配慮とは無縁のその行動に背中を少々打ちつけ、じわりとその痛みが広がる。 シャワーを浴びるという事には、当然ながら意味が存在する。それは自身についた汗だの汚れだのを水、もしくはお湯で洗い流し身を清めることだ。汗を掻きシャワーを浴びることも、匂いを拭うために浴びることも、結局根底はそれなのだ。 しかし、偶に、本当に極偶に、それ以外の目的でシャワーを浴びることがある。それは、眠気を拭い、目を覚まさせようとするときだ。 そう、この時シンは完璧に寝ぼけていた。寝ぼけていたらその間の意識は朦朧としており、理性はほぼその機能を失う。本能で活動下も同然なのだ。 誰かの策略か、はたまたただの単なるミスなのか、ここ数日シンのシフトは満足に睡眠を取らせてくれるほど休憩の時間は無かった。仮眠でさえも2、3時間ほどしかないくらい勤務が詰まっていた。お陰でシンの寝不足は溜まりに溜まっていた。その上今日は貫徹明けだったりする。流石にこれ以上寝不足状態を維持させたら、流石のコーディネイターでも危険だと判断したらしい艦長が明日からの3日間ほどシンを休暇扱いに処してくれた。しかし、今日中に片さなければならない仕事はまだ残っている。それを終わらすため、ね向けでも売ろうとする意識を鮮明にするべくシンはここにいた。 しかし、この事実をヴィーノは知らない。知る由もない。もしも知っていたらそれなりの対応の仕方や対処の仕方があったかもしれないが、今はそれを言っても仕方がない。 突然のシンの行動を理解できずに、背中の痛みを感じていると、再び強い力で引っ張られ、気付けばシンの腕の中にいた。痛い位の強さで抱きしめられるヴィーノの思考は、まともに稼動していなかった。 「ちょっ・・・・・シン!?一体なんなんだよ!」 「・・・・・・・・ヴィーノ」 「シン?・・・・・・んぅっ・・・・」 ここに来て初めて言葉を以って応答を見せたシンに、混乱したヴィーノは一時納まりを見せ、無意識の内に親王でを解こうともがき抵抗していた力が緩んだ。それは致命的な隙を作ることへと繋がった。 その隙を付き、シンは噛み付くようにヴィーノの口唇を自分のものでふさいだ。 瞬間、一体全体自分のみに何が起こっているのまるで分からなかった。 目の前にはこれほどまでに近づいたことが無いくらい近い位置にあるシンの瞳。ヴィーノの髪に含まれていた水分を吸い取るようにして吸収し、艶やかさを増す黒髪。 何より、自分の唇に感じる柔らかく弾力があり、ほのかな温かみを持つそれは鈍る思考能力が最も否定したい事柄を裏付けていた。 「ん・・・・・ぅんんっ・・・」 シンの唇が離れた隙を見計らい、新鮮な空気を求めるべくヴィーノは僅かに口を開く。だが、敵の方が1枚上手だった。まるでその瞬間を待ち望んでいたかのように唇が開き、空気を吸い込んだのを見計らって再び塞いできた。しかも、今度はぬめっとしたもの唾液と共に入り込ませて。 思わぬことで混乱し何がなんだか分からないヴィーノであったが、その侵入物で漸く我に返った。 今、自分はシンにキスをされている。 そして、そのシンの舌が自分の口腔に侵入しているのだ。 それを意識すると、今まで鈍っていた思考能力その他諸々が一気にその機能を復活させた。そして強烈に頭が沸騰したかのような状態になり、血液が頬に集結するのが分かった。 そうしている間にも侵入してきたシンの舌はヴィーノの思考を鈍らせるかのごとく口腔を犯している。 抱きしめられ、更には壁に押し付けられる形のヴィーノは、何とかその拘束を逃れようと試みる。しかし、その試み全てが水泡と帰してしまう。 やはり、アカデミーでトップ10以内に入るだけはあるのだ。しがない成績で卒業した自分とはその能力の差は歴然としているらしい。 そのまま抵抗を続けながらも為すすべも無く流される形のヴィーノは、シンの舌に翻弄され始めていた。シンがヴィーノのものに絡ませながら口腔を犯している内に、気付けばヴィーノからもおずおずとではあるが求めている瞬間があった。ふとした瞬間絡んでいたシンのものが離れると、逃すまいとしてそれを捕まえるように追うヴィーノのものがあるのだ。 「・・・・ふぅ・・・・・はぅ・・・・シン・・・・ゃ・・やめ・・・」 漸く解放されたと思ったときには、ヴィーノの呼吸は乱れていた。油断すれば全身の力が抜けそうなくらいで、カタカタと震えている。 しかし、シンの身体は離れず、気付けば耳朶を舐め、首筋を伝っていた。 「ぁ・・んぁ・・・・」 ぞくぞくと背中がむずがゆくなる。触れられた所から順に熱を持ったかのような錯覚に陥る。 その時。 ちくりとした痛みが襲った。強く吸ったらしい、と気付いたのは、その小さな痛みが数度繰り返されてからだった。 首筋から移動して鎖骨に唇を滑らせ同じことを繰り返し、シンは幼子のように夢中で赤い華を散らした。 「ゃ・・・やめっ・・・やめろって・・・シン!」 息も絶え絶えに訴えてはみるものの、ヴィーノの声が届いていないのか、シンは行為を止めようとはしない。むしろ、先へ先へと進んでいく。ヴィーノは抵抗するもむなしく流されるだけであった。 唇がだんだん下に下りてくると同時に、今までヴィーノを拘束していた片方の手がその拘束を解き、不意にヴィーノの腰辺りをさわりと撫でた。そして、その手は徐々に移動していく。腰から一端上に上がり、胸の突起物に触れると、それが起ちあがるまで執拗に攻めた。ぷくりと主張した頃を見計らって口に含み、舌で愛撫する。 「あぁっ・・・・はぁ・・・・」 その刺激は、突然のこともあり強烈なものだった。思わず漏れる声にヴィーノは驚きと羞恥を覚えた。 しかし、シンの行為はそのまま留まる所を見せず、進んでいく。 「も、やめ・・・・シン、頼む・・・・から、も・・・・・もう・・・ゃ・・・め・・・・・」 何とか止めさせようと必死でもがくが、効果は現れない。 そして、胸の突起物を下で愛撫しながら手持ち無沙汰となった手は、腹のあたりを愛撫しながら思わせぶりに下へと降りていく。 太腿をなで、その内側を愛撫し、そして。 ヴィーノのものに触れた瞬間。 ヴィーノの中で何かがぷつりと切れた。 人はこれを、堪忍袋の尾、という・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のかもしれない。 「・・・に・・・・・」 いきなり小刻みに震えだしたヴィーノの体。しかしシンは全く気付かずゆるり撫でるように手で愛撫し、ぴちゃぴちゃと舌で舐めている。 「・・・・・いい加減にしろって言ってんだろう!?」 これぞまさに火事場の馬鹿力。 ヴィーノは怒りに我を任せ、渾身の一撃でシンの鳩尾を狙い、すぐさま距離をとるべく彼の身体を思い切り突き放した。 その際、シンは反対側の壁に強か頭を打ったらしく、痛む頭をさすっている。瞳は先ほどとは違い、きちんと焦点が合っている。 どうやら目を覚ましたようだ。 だが、今となってはもう後の祭りだ。ヴィーノの怒りは着火してしまったのだから。 「ぇ・・・・と・・・・?」 「・・・・・・・シンの・・・・」 「ヴィーノ?って言うかなんで俺ここに居んの?」 「シンの馬鹿やろーーー!!」 「えぇ!?} はてなを浮かべるシンの様子などお構いなしに大声で叫ぶと、訳が分からず混乱しているシンを放って、ヴィーノは自分が使っていたスペースへと戻り、タオルやら何やらを持ってずかずかとシャワールームを後にした。 残されたシンは、呆然としたまま壁に寄りかかって立ち尽くしていた。 数日後―――― その後シャワールームを出て残りの仕事を片したが、ヴィーノには結局会えず、寝不足も限界を超えていたシンは、艦長が与えてくれた特別休暇の殆どを睡眠で過ごした。お陰ですっきりはっきりでで、見事に復活を果たした。 今日から勤務に戻る。自分はパイロットで、ヴィーノは整備スタッフ。格納庫で会えるのは火を見るよりも明らかだ。未だにあの時何故突き放され、暴言を吐かれたのかシンは分かっていなかった。 準備を終え部屋を出たその時。 お約束な展開ではあるが、資料の山を運んでいるヴィーノがいた。あまりの量の多さに前がきちんと見えていないらしい。なので真に気づいた気配はなかった。 早速だなー、と苦笑を浮かべつつシンは心を許したものにしか見せない朗らかな笑みを浮かべた。 「おはよう。ヴィーノ」 「ぇ・・・・・」 思い切って声をかけると、ヴィーノの視点がどこかから自分へと変わる。 その瞳が自分を捉えた瞬間。彼の頬は瞬間湯沸かし器を連想させるくらい真っ赤に染まった。しかも瞠目している。 だがそれも一瞬のことで、すぐさま柳眉がつりあがり、親の敵を見ているかのように睨まれた。 一連の動作の原因が自分にあることは分かるのだが、その原因の中身が何なのか、皆目検討がつかない。だから、どうすることも出来ずにいる。 睨んでくるヴィーノにただシンは見つめ返すだけしか出来なかった。 しかし、ヴィーノにとってはその行動自体が更に怒りを深める要素となった。 「ヴィ・・・」 「シンの馬鹿!!」 気付いたときにはヴィーノはそう叫ぶと、踵を返してもと来た道を逃げるように足早に去っていった。 ヴィーノの言葉を頭の中で反芻させ、立ち尽くすしか出来ずにいるシンは、ヴィーノの去って行った方を見つめていた。 何がなんだかさっぱり分からない。 「一体俺が何したんだよ・・・・・」 知らぬが仏とは、まさにこの事かもしれない。 後日、シンが未だ怒りの収まらないヴィーノによって無視され、避けられ続け深く落ち込む姿があった。
懺悔 |