君が居て、僕が居て君の隣には僕がいて 僕の隣には君がいて それが常であり、当然のことだと思ってた でも 今は違う 君の隣には、僕以外の人がいる 僕の知らない世界を君が持つようになってから コチコチと時を刻む時計が示す時間は既に午後5時半を過ぎていた。 今日は絶対に早く帰って来い、と。 パトリックを通じてアスランに言い含めていたのにも係わらず、アスランが帰宅する素振はない。 普段であれば、この時間帯はもう帰宅しており、一緒にまったりと過ごしていると言うのに。 キラはリビングにあるソファーでクッションを抱きしめながら1人機嫌を急降下させていた。 アスランが月からプラントへと渡って半年後。 コペルニクスで大規模なブルーコスモスのテロが起こった。言うまでもなくキラも巻き込まれた。 いや、キラは被害者だった。 大分プラントに避難したといってもそれでもコーディネイターは大勢居り、その殆どが何らかの被害を被った。命を落としたものも少なくはなかった。 キラは、自身は全治2ヶ月の大怪我をおったものの命に別状はなかった。 しかし、キラの両親は違う。彼らは、病院に運ばれたときこそ息はあったものの、数時間後医師達の賢明な処置にもかかわらず息を引き取った。 夫婦揃って、亡くなったのである。 その事実に、キラは涙し、精神破綻1歩前まで追い詰められた。 その上、キラにはカリダたちしか身寄りがおらず、誰も引き取り手が無かったのである。 悪い事は重なるもので、コペルニクスにもその周辺の町にも、孤児院はなかった。 否、コーディネイターを受け入れてくれる孤児院はなかった。 ブルーコスモスのテロのお陰で、コーディネイターを疎遠し始めてしまったのだ。 そんな時、カリダたちヤマト夫妻の一報を知り駆けつけてきたのが、半年前にプラントに渡ったアスランとレノアだった。 テロが起こったその日からずっと情報を集め続け、今回のことを知り急いで駆けつけたんだ、と後に教えられた。 その時は、キラの精神状態が不安定で言葉は全て右から左へとすり抜けていっていたのだ。 キラの壊れかけた心をアスランが癒している間に、レノアはパトリックに話をつけキラの後見を務めることとなった。 そして、退院と共にキラはアスランたちとプラントに渡りザラ邸へと迎えられた。 最初は風当たりが厳しかったパトリックであったが、キラと接し、全く媚びず、逆に常に自然体でいるキラに、彼もその態度を改めるまでに至った。 レノアがユニウスセブンの悲劇でその命を散らしたとき2人を懸命に支えたのもキラだった。 今では、キラがザラ家の中心となっているといっても過言ではないほどなのだ。 何時までも帰ってこないアスランに焦れ、キラは徐に立ち上がった。 そして、自室まで行き鞄に必要最低限のものをつめると、そのっま玄関へと直行する。 「キラ様、どちらかにお出かけですか?」 「うん。アスラン迎えにいってきます」 「アスラン様ですか・・・・」 「うん。行ってきます」 「お気をつけて」 元気よく飛び出した後、キラの行き先を聞いたメイドは、そのまま執事の元へと向かった。 ここで報告しなかったら、後々キラがいない、と大騒ぎになって大変になるのは目に見えているからである。 「・・・・・・・・終わった・・・・・・」 膨大な書類の山に囲まれ、ぐったりとした様子で突っ伏すアスランは、精根共に尽きていた。 もともとは今終えた書類の5分の1の量がアスランのノルマだった。 だったはずなのに。 どんな手違いが起こったのか、書類を提出した先でアスランは終えた書類の4倍の量を渡されてしまったのだ。 今日は早く帰って来いと言い含められているというのに。 「・・・・・・怒ってるだろうなぁ・・・・・」 「誰が怒ってるんですか?」 「ニコル!?」 「お疲れ様です」 振り返るとマグカップを手渡すニコルがいた。それを受け取り、口に含む。 ニコルの淹れてくれた紅茶は、何時飲んでも美味しいし、疲れが取れるような気がするのだ。 「ありがとう」 「災難でしたね。それ、明日僕たちがするはずの仕事だったみたいなんですよ」 「・・・・・早く気付いてくれよな」 「本当ですよね」 明日、アスランは休暇を申請しているので、本来ならば同僚が明日、複数でやるべき仕事だったのだ。 それを1人でやったとなると、何故だかひどく損した気分になった。 窓の外には夕日で真っ赤に染まった空が広がっている。 時計に目をやれば、もうすぐ6時になろうとしているところだった。 「アスランもう帰りますよね?」 「ああ。これ以上仕事頼まれても引き受けないさ」 「でしたら途中までご一緒してもいいですか?」 「いいよ」 「ありがとうございます」 「あ、俺これ提出してくるから・・・・・門の前で待っててくれないか?」 「分かりました」 急いで鞄に自分の者を詰め込むと、アスランはニコルと分かれて仕事が終わったことを伝えに行った。 流石にアレだけの書類を運ぶ気にはなれなかったし、最初から運ばずともよいと聞いていたからだ。 既に頭の中では、家に帰ってどうキラの機嫌を取るか、ただそれだけしかアスランにはなかった。 その頃。 キラは漸くアカデミーの門前に辿りついていた。 途中道が分からなくる等のアクシデントに見舞われつつ、何とかついたのである。 持ってきた端末には、アスランからの連絡や、家の者達からの連絡が入っていないのですれ違いだけは避けられただろうと思っていた。 眼前に控えるアカデミーをじーっと見上げる。 まだこの時間まで残っていた生徒もいるようで、ちらほら門から出てくるものたちは、キラの存在に驚き、ちらちら見ながら去っていく。 好奇の視線に晒されながら、キラは門にもたれかかり、早くアスランが出てくることを祈っていた。 「あの、ここに何か用ですか?」 「え・・・・・」 ぼんやり夕焼け空を見つめていたキラの思考を戻したのは、緑髪のまだあどけなさの残る少年兵であった。見にまとう軍服は、赤いろ。 アカデミーを上から10番以内で卒業したものしか着用を認められないものだ。 以前アスランがそんな事を言っていた気がする。 「一応ここ軍関係の前なんで、結構目立ってますよ」 「・・・・・えっと・・・・」 「ご覧の通り、ここの関係者です、僕」 穏やかに笑う少年は、どう見てもキラと同じ歳位にしか見えなかった。 そして、戦争を、人と争うことを好んでするようなタイプには、見えなかった。 「僕、人を待ってるんです」 「人・・・ですか。待ってる方は軍関係の方なんですか?」 「はい。すれ違いになってる可能性少ないから、ここにいればいいと思ってたんですけど・・・・」 駄目なのだろうか、と視線に込めて緑髪の少年を見つめると、彼はやはり笑顔を浮かべていた。 そして、徐にキラの隣に並んだ。 「あの・・・・」 「僕もここで人を待つんで」 「そうなんですか・・・・」 会話は途切れた。 たった今初めて知り合ったものと会話をすると言うのも無理があるだろう。 本当に遅いなぁ、と心の中でぼやきながら、キラは再びぼんやり夕焼け空を眺めていた。 「あ・・・ここです!!」 唐突に緑髪の少年が声をあげた。待ち人が来たようだ。 それにしてもキラの待ち人は、アスランは遅い。 いっその事帰ってしまおうかとも思うくらいだ。 ―――――ここまで来たのはキラ自身であり、癪なので帰りはしないけれども。 「お待たせ」 「いえ。お疲れ様です」 「本当に、散々な目にあった」 「ははは」 「笑い事じゃないんだって。今日は早く帰って来いって言われて・・・・・・」 「?アスラン、どうかしました?」 キラもそしてアスランも。目を瞬かせ、言葉が出なかった。 よもや緑髪の少年の待ち人が、自分の待ち人と同一人物だったとは。 「お前・・・・なんで・・・」 「・・・・・・・・・・アスランの馬鹿!!」 「なッ・・・・て、おい、キラ!?」 緑髪の少年と会話を交わすアスランの姿に、胸の辺りがもやもやした。 お門違いだとは分かっていても、どうしても叫ばずにいられなかった。 アスランの隣には、常に自分がいる。 それが当たり前だと思っていた。思っていたけれど。 ―――――――今は、違うのだ。 走り去っていくキラの背を呆然と見つめながら、アスランの頭はぐるぐると考えがまとまらなかった。 何故家にいるはずのキラがここにいるのだろうか。 何故自分は馬鹿と言われなければならないのだろうか。 何故走り去っていくのだろうか。 「アスラン、いいんですか?」 「え・・・・」 「知り合いじゃ、ないんですか?」 「あ・・・悪いニコル」 「いいえ。結構前からずっとここで待っていたみたいですよ、彼女」 「そうか・・・・・って、キラは男だぞ?」 「え・・・・」 キラを女だと勘違いしていたらしく、固まってしまったニコルにじゃあ、と言ってアスランはキラの走り去って行った方へと駆けていった。 一刻も早く追いつかねばならない。 その思いだけがアスランの胸中を占めていた。 「キラッ!!」 「!?・・・・なんで追いかけて来るんだよ!」 「お前が逃げるからだろう!!」 「っ・・・・・・馬鹿ぁ!!」 「なっ・・・・キラ、止まれ!!」 同じコーディネイターでも、やはり鍛えた軍人と日々の生活を送る一般人では体力は違う。 しかもキラは、入院して以来めっきり体力及び筋力等の能力が極端に落ちてしまっているのだ。 捕まらないはず無かった。 「もっ・・・・アスランはなして!」 「何で!!」 「・・・・・あの子と帰るんでしょう!!」 「断ってきた。じゃないとここにいないだろう」 「っ・・・・・じゃあ、何でこんなに遅かったの!」 「明日他の人に回される仕事を手違いでさせられてたからだ」 「・・・・・・・・・・・・」 「なんだよ、その疑惑の眼差しは」 両腕をつかまれたまま、身動きできずアスランと向き合う形となっている。それが嫌で俯くが、首筋にアスランの視線を感じて居心地が悪かった。 だって、しょうがないじゃないか。 今君の隣には、僕じゃない人がいるのだから。 家では僕がいるかもしれないけれど、 家の外で君の隣には、僕以外がいる。 そのことがどうしても嫌なんだ。 「で、何で今日早く帰って来いって言ったの?」 「何でって・・・・・気付いてないの!?」 「?・・・・・何かあったか?」 「・・・・・・・・呆れた。君って人は・・・・・。僕の分はしっかり覚えてるのに」 「キラ?」 「今日は、10月29日だよ、アスラン」 「・・・・・それが・・・・・?」 全く気づく気配がないアスラン。 たった今までぐるぐると暗くなる考えを抱えていたキラもこれには呆れ返った。 本人がこの調子では、よほど詳しいものでもない限りアスランの誕生日を知るものはいないだろう。 キラのようにハッキングが趣味で、個人情報を見たり、ということが無ければ。 「キラ・・・・?」 「Happy birthday」 「え・・・」 ふわりと掠め取るようにアスランの唇に自分のものを押し付けた。 突然のことで、アスランは顔を真っ赤に染める。空気を求める金魚のように口をパクパク動かして、言葉を紡ごうとするが言葉にならない。 「な、な、な、き、き」 「ちゃんと分かるように話そうよ、アスラン」 「・・・・・っ、お前、いきなり」 「いいじゃん。君の生まれた、大切な日なんだし」 「・・・・・・・・・あ、そうか。今日俺の誕生日」 漸く思い出したらしいアスランが、すっきりした面持ちで苦笑いを浮かべていた。 ジト目で睨むキラに、苦笑を浮かべ誤魔化しながら、アスランの胸中は淡く温かいものが灯った。 「アスランくらいだよね、自分の誕生日忘れる人って」 「しょうがないだろう?基本的に興味ないし」 「僕のはしっかり覚えてるじゃん」 「俺にとってはキラ以外どうでもいいの」 「・・・・・・・・アスラン」 「俺の隣はずっとキラだけ。今までもこれからもずっと、な」 「っ・・・・・いいの?そんな事言ってたら僕自惚れるよ!?」 「どうぞ。自惚れて構わないよ」 「〜〜〜っ」 「帰ろう、キラ」 頬を染めるキラに手を差しのばすと、キラはそれを素直に受け取った。 手を繋いで2人は帰途に着いた。 「おめでとう、アスラン」 「ありがとう、キラ」 「・・・・・これからもずっと隣にいてもいいですか?」 「むしろこちらからお願いしたいくらいだよ」
あとがき |