永遠に…〜after〜 あの2人が死んだ。 その知らせを聞いたのは、何故か突然胸の痛みを覚えたときだった。 溢れて止まる事を知らない涙が、まさか彼らの死を嘆いてのものだったなど、誰が想像できただろうか。いや、そんなこと出来るわけない。 だって、今もまだ信じられないのだから・・・・・・ 目の前の画面には、事切れた2人のからだが映し出されていた。声も無く皆その画面を見入っていた。 かすかに入ってきた会話は、予想以外の真実さえ織り込まれていて。 赤と青。 相対する色を見に纏う2人のその表情はどこか穏やかで、どこにも苦しみの色は無かった。 最期の言葉どおり、本当に幸せそうに微笑んでいた。 「・・・・・・キ・・・・ラ・・・・?」 今までずっと平和で、人の死や争いなど全く無関係な場所で生きていたヘリオポリスの学生クルーたちにとっては、同じようについ先刻まで会話を交わしたり、笑いあっていたキラがもうすでにこの世の人ではないなどと信じられなかった。 しかも、自分たちの目の前でその命を絶ったなどと、誰も認めたくは無かった。 正規からの軍人であるマリューたちもただただ呆然と画面を見詰めることしか出来なかった。 もとより、争いなんて向いていないことなど分かりきっていた。それなのに、自分たちの命を守る為に、無事任務を遂行する為に、そして軍人として敵に屈しないために彼を、キラを戦場へと駆り出した。 それが、いけなかったのだろうか。 同胞であるものたちと戦わせて、命の奪い合いをさせて、彼が傷つくはず無いなんてないのに。 知り合いがいないなんて、そんなこと分かってはいなかったのに。 「・・・・・私たち、何の為に戦ってるんだろう・・・・」 ポツリともらされたその呟きは、ブリッジにいた面々の心の奥深くにある疑問を強く刺激した。 瞳を真っ赤にし、ぽろぽろと涙をこぼすミリアリアは、抱き合うようにして漂う2人の姿に視線を送りながら、続けた。 「本当は・・・・・知ってたのに、ね。キラが・・・・戦うこと嫌だって、向こうに・・・・・・ザフトに・・・友達、いるって・・・・」 「何ですって!?」 「・・・・・・そうだな。俺たち、全然キラのこと考えてなかったんだろうな・・・」 「・・・・うん。いつも笑ってて、辛いことなんてないって、頭のどこかでキラはコーディネイターだから大丈夫だって・・・・・そう線引いてたな」 「僕たち、あんなにキラに・・・・・守られてたのに」 今更悔やんでも遅い事は重々承知だったし、ただの自己満足だということだって分かっていた。 それでも、いや、今だからこそ言えることなのかもしれない。 「お前たち、その話は・・・・」 「キラ、イージスのパイロットと幼馴染みたいなんです」 「あの人の話をしてたとき、今まで見たこともないような顔してましたし・・・・・」 「・・・・・・・・それでも、俺らは何もキラにしてやらなかった。ただガンバレ、ってたきつけるだけしか・・・」 トールの声はやけに響いた。 誰もが怖くて口に出せないこと。今となってはもう謝る相手はいないというのに、自分の号を認めても、それはただの自己満足で終わるというのに。 独白は続いた。 「キラ、俺たちのこと恨んでるよね・・・・」 「でも、それもしょうがないって、当然だって思える」 「俺たちはそれだけの事をしたんだから・・・・・。キラはもう、戻らない」 ―――キラはもう、戻らない――― その言葉は心の奥深くに沈み深い深い傷となって彼らの心を蝕んだ。 彼らは気づいているのだろうか。 皆一様に涙をこぼしていることに。学生クルーたちも、正規からの軍人も。皆キラの死を悼んで涙を流していると言う事実に。 重苦しい雰囲気の中、彼らは戦うことも、逃げることもせず、ただただ悲痛な思いに苛まれながら時間を刻んでいった。 奴が死んだ。 年下の癖に、全てのことにおいて自分を軽々と上回り、しかしそんなこと全く気にした風もなく完璧な仮面を作り上げていた同僚が。 最後の最期で人間らしい部分を見せて、奴は逝った。 出会いからいけ好かない奴だった。 何度も何度も奴に勝つ為に、自分のほうが優秀だと証明する為に、そして、己のプライドの為に。勝負を持ちかけた。 チェスに乗馬に・・・・・・あげればたくさんある。それでも奴に勝てたのはほんの一握り。数え切れないくらい勝負をしたというのに勝てた記憶の方が少ないのだ。 勝ち逃げはズルイ。 しかし、その前に。どうして自分は、涙しているのだろうか。 いけ好かない奴で、一挙一動全てが憎らしくて。いなくなって清々したというのに。それなのに。 「ディアッカ・・・・・俺は、何故・・・」 「・・・・・・さぁ。ただ、さ。同僚・・いや、戦友がいなくなったんだ。悲しまない奴は人間じゃねーよ」 そういうディアッカの瞳も、濡れていた。 ぎこちない笑みを浮かべ、いつものように飄々とした自分を無理に作ろうとしているのが良く分かった。 同僚・・・・いや、戦友。確かに、アカデミー時代から奴と組むことは多かった。 いなくなった。文字通りだ。奴はもう、いない。2度と自分たちの前に現れはしない。言葉も交わすことはない。 ――――それが、死と言うものだから・・・・・・・ 「俺は・・・・・・俺は、アスランの死を悲しんでるのか?」 「・・・・ああ、そうだ。どんなにいけ好かなくっても、同胞だ。アスランとイザークは。俺も、そうだ」 「・・・・・・・そうか・・・・・」 ディアッカの言葉を反芻させながら、抱きしめあうように漂う2人の事切れた人形を見て、イザークはまた涙を一筋こぼした。 ずっと、出会った頃からずっと、慕ってきた。 何事においてもそつなくこなすが、人間関係においては何故か信じられないくらい不器用で。自分の感情を殺すことで他人と関わらないようにしていた。 趣味で何体もロボットを作っていた。言語能力がついている事はすごいが、しかしその言葉を聞くとどうしても苦笑を浮かべてしまうのは仕方がなかった。 隊長の命令で、彼――アスランと共にその生を閉じたストライクのパイロット。彼の体ともども回収した。そして今、仲良く並べられている。いくら敵だからと言って、死者への冒涜は人間誰しも行ってはいけないことだ。 安らかに眠る彼らを見ていると、遣る瀬無くなっていく。 隊長から聞いた、2人の関係。 あのアスランの人間味を引き出せる唯一の人物といっても過言ではない。 聞いて、合点がいった。彼がとった数々の不審な行動の原因が。そして、それと同時に話してくれなかった事への悔しさも募った。そんなに自分は頼りないだろうか。話せないのだろうか。 まぁ、今更言っても、当の本人に聞く事は一生叶わないのだけれど。 「あなた方を見ていると、戦っていることが無意味に思えてしょうがないですよ」 そう、戦争と言う狂気が彼らの運命を狂わせたのだ 憎しみ、悲しみ、それらの負の感情がことごとく集まった争い。 何かに八つ当たりしたい気分をどうにか押し込めて、ニコルは部屋を退出した。 その頬に伝う涙を、彼は決してぬぐう事はしないだろう。 「・・・・・・あ・・・・」 「・・・・お前か、ニコル」 「お前も見てきたのか?」 いつものようにおちゃらけていると言うのに、ディアッカの様子はどこをどう見ても落ち込んでいる、と言う結論にしか達せなかった。横で歩くイザークも、普段ならばニコルと顔を付き合わせる度に罵るのに、今はそれがない。 自分も例外とはいえなかったが、この際横においておこうとした。 「ええ、やっぱり信じ切れなくて・・・」 「そう、か・・・」 「お2人も行かれるんですか?」 普段と同じように振舞おうとするが、やはりその微笑に力はなかった。どこか、作りめいているものを感じてしまうのはしょうがないのだろう。 「ああ、最期なんだから、見届けねーとな・・・・」 「・・・・・ニコル」 「何ですか?」 イザークを向くと、予想だにしなかった彼の手が頬へと添えられた。そして、今はもう流れていない涙を拭うかのようにその繊細な指を動かした。 「イザー・・・・ク?」 「無理を、するな。大丈夫と言ってお前はいくらでも無茶するだろう?泣ける時は、泣いておいた方がいい」 目の前に立つその人に浮かぶ悲しげな笑みは、昔見たことのあるもので。 その横に立つディアッカも、イザークと同じ意見なのか悲しげではあるがそうしろ、と言わんばかりの笑みを浮かべていた。 しかし。 「・・・・僕は・・・・軍人、ですよ?こんな事くらい・・・で、泣いてちゃ・・・・・プラント、を・・・守ることなんて・・・」 「軍人だからといって、泣いてはいけないことはない」 「むしろ、俺らは人間なんだから、泣かない方が、悲しまない方が異常だぜ」 「・・・・でも・・・・でも」 貴方たちは泣いていないじゃないか、そう口に出そうと思った。 意気消沈してはいるが、泣いてはいない彼らに。 しかし、その言葉を口に出すことはなかった。いや、出せなかった。 彼らの表情から、何となくわかってしまった。泣かないのではなくて、泣けないのだって。そのプライドから、人前では決して涙を見せるなんて出来ないんだって。 「・・・・・っく・・・・・ひっく・・・・・・」 頭に置かれた手が、肩に置かれた手が、とても温かくて、我慢していたものが、必死の思いで張っていた虚勢がどんどん崩れていった。 ――――――思い出されるのは、尊敬する貴方の言葉。 |