■第8章〜闇に潜む心〜■ キラ達が無事地球圏を脱した頃、ザフト艦で捕虜の身となったAAのクルー達は、言い知れぬ不安とこれから自分達の身に振りかかるであろう恐怖と戦っていた。 専らだった仕官―――艦長であるマリューやナタル、フラガなど―――は、やはりその地位やフラガに対しては特に戦歴があるため、他のクルー達とは隔離された部屋に収容されていた。 自分達は軍人だ。 それに、ナチュラルだからと言って捕虜を無残に殺しはしない。 それは条約で定められたこと。 そう何度も何度も言い聞かせ、特にマリュートナタルは今このときを乗り切ろうとしていた。 別に、人間だから怖い事を怖いと言ってはいけないわけではない。 不安だからと逃げていけない訳でもない。 だが、自分達は上に立つ者。 その自分達が率先して不安に押しつぶされ、あまつ脱走を図るなんて事は出来なかった。 むしろしなければならないのは、不安する心を隠し、何処までも堂々としておくこと。怯んだ事なんて誰にも見せてはいけない。そうして、別室で拘束されている者たちへの威厳を保たなければ己のプライドが許さなかった。 「にしても、いつまでここに入れられてるんだろうね、俺達は」 「さあ・・・・・ですが、普通ならば今頃既に捕虜の受け渡しなどの話が出てもおかしくはないのですが」 「投降してから優に数週間は経っているものね。何かしらの意図があるのでしょうけど・・・・」 「もしかしたら連合が俺達を捨てた、とか?」 「少佐!?」 「落ち着いて、ナタル。少佐の言う事は的を得ているわ。使えない者の為に労力を消費するほど優しくないわ、上の奴らは」 「艦長・・・・・ですが・・・」 ナタルは軍人一家に生まれた、生粋の軍人だ。規律を守り、秩序を是とし、自分にも他人にも厳しくしている。 そんな彼女にとって軍は正。 何も間違ったことはない、なすこと全てが正しいと信じている。 なすこと全てが平和へと繋がると、信じているのだ。 マリューやフラガだって、入隊当初はナタルと同じ心だった。 人のため、平和のため、守りたい者たちの笑顔のため。 だから銃を手に取り、表立って闘う為に、力を手に入れる為に軍に入隊した。 だが、現実はどうだろう。外から見た軍隊は統制が取れていて、憧れもあった。しかし、それはただの表面に過ぎない。 上層部と呼ばれる幹部達は、話し合うだけで自ら戦場にでることはない。その割に無理難題な命令を下す。 また、自分たちの利益に繋がらない事は絶対にしない。それが例え、軍が本来守るべき民間人の命を散らすことになっても。 憧れが疑問へと、そして軽蔑へと変わるのにあまり時間はかからなかった。 しかし、一度入った軍を辞すのは困難だ。 しかも、それなりの功績を残し順調に階級を上げているとなれば尚更。 だから、甘んじて命令を受け入れ続けた。 闘えと言われれば、戦地へ向かったし、気にするな、と言われれば、民間人を巻き込むことに何の疑問も抱かなくなっていた。 何の為に軍に入ったのか。 その当初の目的をも忘れるくらい、日々淡々と命令を遂行していたのだ。 「ナタル、人は綺麗じゃないのよ。自分より優秀な者を妬む。不利益なことは避けるわ」 「ですが、われわれは規律と秩序を重んじる軍人です。その前に私的感情の入る隙間は・・・」 「あるから、今こうして戦争が起こっている。違う?」 「ぇ・・・・・」 そう、この戦争が起こったのは、第3者の観点から考えると、実に他愛のない、むしろ呆れ果てる位くだらないもの。 だが、当事者にとってしてみれば、それは重要であることに変わりはないのだ。 「自分がコーディネイターに生まれて来なかった事を妬み、最初のコーディネイターであるジョージ・グレンを暗殺。その後俺たちナチュラルは高が外れたようにコーディネイターを非難してきた」 「ブルーコスモスと言う過激組織が生まれたのもその頃。知ってる、ナタル。ブルーコスモスと軍上層部の癒着」 「何ですって!?」 「かなり極秘情報だから知らないようね。今、どこかの工場では新しい機体が開発されている頃でしょうよ」 「どうしてそんな事をご存知なのです?」 「・・・・・・・・・色々と文献調べてたら、聞こえてきたのよ」 「お、艦長もその口か」 「あら、少佐も?」 「お2人とも何を考えていらっしゃるんです!!盗み聞きなんて・・・・」 「聞こえたもんは仕方ないさ。で、だ。これについてどう思う、バジルール中尉」 真剣な瞳が、ナタルを捉えた。 普段はおちゃらけているとしか思えない行動を取るこの男は、実は人一倍考えた上で行動している。それは、こんな表情を見たときに思い知らされる。 真っ直ぐ向けられる視線を逸らすことは出来ない。そう、誰にも。 「どう、とは・・・・」 「ん、質問変えるか。中尉は何故軍人になった?」 「何故って・・・・親兄弟皆軍人ですし、それに・・・・」 「それに?」 「・・・・・・・守りたかった。小さな命を。強く生きる自然を、みんなの笑顔を」 「そう、皆そう思って軍に入った。でも、実際は民間人を見捨てたり巻き込んだりするのは日常茶飯事。これって、私達が望んでいた事なのかしら・・・・・て、ここに入れられてからずっと考えているの」 「艦長・・・」 「俺も、守る為に、敵だからあいつらコーディネイターと闘った。だが、これはいつまで続く?終わりなんて全く見えない。むしろ深くなるばかりだ」 それは、本当は見つめなくてはいけない、向かい合わなければいけない疑問。 しかし、だから向き合うことが怖い。自分が今信じているものを根底から覆すことと同じだから。 「・・・・・・・これは、極秘中の極秘なんだけどね」 「なんですか?」 「昔、ジョージ・グレンが生まれるよりも昔、遺伝子操作した人間の誕生は成功したことがあるわ」 「「なっ!?」」 マリューは無表情だ。本来ならばこれは胸の奥深く出たい説にしまってくべきことなのに。 しかし、一度溜めていた者をはき出し始めたのだから、止める事は出来なかった。 「つか、どうしてそれを知っている?」 「私の祖父は、その研究をしていた研究者だったの。昔、祖父の死に際に聞かされた。だから詳細は知らないけれど、でも存在していた事は知っているの」 「では、何故その事は世間に知られていないのです?」 「さあ・・・・でも、その生き残りはもういないそうよ。既に、死に絶えている」 「何だそりゃ・・・」 「ですから詳しい事は知らないんです。軍ならば分るかもと思って調べていたんですけど・・・」 「さっぱり、だったんですか?」 「ええ。もう見事にそれに関しての資料はなかったわ。抹消したみたい」 子供心にその疑問は色濃く残った。 今ブームと化している遺伝子操作による子供の出産。それはつい数年前初めて成功されたと聞き及んでいたからだ。 しかし、真実を知る祖父はもうこの世にはいない。 いつも、悲しい瞳をして遠いところを見ていたあの祖父は。 物思いに耽ったらしく、マリューが口を閉じてからは自然と他の2人も口を閉じてしまっていた。 今は何よりも、考える時間が欲しかった。 そして、その時間は今の状況が続く限り存在するのであった。 「失礼します」 まだ若い少年は、捕虜の部屋に入るときでも礼儀を欠かすことはない。 多少大きな部屋だが、数十名の人間が所狭しといるのだ。しかも、ほとんどの者達は不安からの心労で顔色が悪い者もいる。 「えっと・・・・食事持って来ました。並んでください」 「・・・・・・・・・・・わかりました」 食事を運んできた少年兵―――ニコルは、無意識の内にため息をつく。 ニコルは、艦長達上官のほうの食事も運んで入るが、この部屋にいる者たちと態度がまるで正反対だ。不安なのはしょうがないが、彼らはそれをおくびにも出していなかった。 だが、他のクルー達はどうだろう。隠すどころかそれを如実に表している。特に酷いのが同じ年頃だと思われる少年少女たち。本当に軍事なのかと、疑いたくなる。 まあ、入隊の切欠が切欠だからしょうがないのだろうが、それでもまだけじめがなっていない、ニコルはそう思っていた。 「それでは、僕は失礼しますね」 「あ、あの!」 「はい、なんですか」 「えっと・・・・・・その・・・・・・・・」 初めて声をかけられた。 普段は誰もこちらを見ない。指示したときはのっそりとだが動く。それだけ。 だが、この声をかけてきた少年――トールは、どこか言い難そうに、それでもきちんとニコルの目を見ていた。真っ直ぐに。 「・・・・・・・・キラって・・・・・今・・・」 その瞬間部屋に空気が動揺したかのように震えた。 誰もが聞きたくて、でも口には出せなかったこと。 聞いて真実を聞くのが怖かったから。信じていたいからこそ、踏み出せない一歩も存在する。 「キラさんなら今本国に向かってますけど?」 「本国って・・・」 「プラントです。イージスのパイロット・・・今はジャスティスですが。その彼とラクス嬢にカガリ嬢と共に」 「何で・・・ですか?」 「さあ?それに知っていたとしても教える事は出来ませんよ。兎に角、キラさんはこの艦には今いませんから」 言葉を失うトールを見ることもなく、ニコルは部屋を後にした。 でると、そこには仏頂面のイザークと疲れ果てた色が濃いディアッカが揃って立っていた。 「どうしたんです?2人とも。ここに来るなんて珍しいですね」 「ああ、イザークが来たいって言うからさ」 「余計な事を言うな、ディアッカ!・・・・・・ニコル、ここの奴らはこんななのか、いつも」 「ええ。そうですよ。艦長の人たちとは全く違います」 「・・・・・・・キラ・ヤマトの考えが分らん」 「ぇ?」 「あいつは、あの中にいる友達を守る為に闘っていたと言っていたが。何故今頃になってナチュラルへの悪意を思い出す?」 「ついでにあいつ、第一世代らしいし。親との関係も良好。友人関係だって」 「ええ、良好だったみたいです。どうやら突然裏切ったみたいですね」 「わけが分らん」 イザークの中で巡る疑問。 他のクルー達にはおっちょこちょいでお人好しな面を見せるというのに、今ここにいる3人の前では欠片もそんな面を見せない。それが果たして、気を許してもらったことになるのかどうか、はたまた何らかの意図があるのか、イザークには見当がつかなかった。 「って、お前も俺のこといえた口じゃねーじゃねーか、イザーク」 「五月蝿い!」 「気になるんだったら戻ってきたら聞けばいいじゃないですか。それこそじっくり詳しく」 「・・・・そうだな」 彼らは知らない。 再び、キラ達4人がこの間に戻ってくると信じて疑わない彼らは。 もう、4人がこの艦には戻らないと。 そう、知るよしもなかった。 BACK HOME NEXT |