■第9章〜全てが終わるとき〜■






そのまま順調に進み、ラクスたち一行は無事格納庫まで辿り付いた。

今頃この基地にいる兵士の全ては、先程流した偽の警戒音。集まり次第集まるように指示された部屋は密室になるべくプログラムを組んである。

今頃、混乱の絶頂にいるだろう。



「さあ、一刻も早く出港準備を」

「いつザフトの兵士がここに来るとも限らないぞ」



本当はそんな可能性などないと、0に等しいと思っていても、ラクスもカガリもそれを口に出さなかった。

万が一のこともある。

どんな計画においても些事たる出来事で形成が覆される事もあるのだ。



2人の言葉で、アークエンジェルの姿を目にして安心しきったクルー達の中に再び緊張の糸が走った。

ここに辿り付いたから終わりではないのだ。

ここを脱出し、目的地に着くまで、例え少しの緊張でも緩める事はしてはならないのだ。



「これよりアークエンジェル出港準備に取り掛かる。各々持ち場につき、迅速に行動されたし!」

「「「「「はっ!」」」」」



マリューの掛け声と共に、殆どのものが蜘蛛の子を散らすかのごとく各々の持ち場へと走り去っていった。

残ったのは、最も重要な、艦橋クルー達だけだ。

戦闘指揮官でもあるナタルは真っ直ぐマリューを見つめたまま、視線を逸らさない。

マリューは、1度静かに目を瞑ると、しかしすぐに開き、ナタルの視線に応えた。



「私たちも早く行きましょう」

「はいっ!」



力強く頷くと、残りのメンバーも急ぐように走り去った。

残ったのは、ラクスとカガリのみだった。



「ここまでは無事にこられたけど・・・・・これからが問題だな」

「私達のプログラムをいつ破るかによって、変わってきますわね」

「こればかりはな」

「私達、プログラミングはそこまで得手ではないですし」



漏れるのは、ため息。

順調に行けば、アークエンジェルが出航するまで、ザフトの兵士がここに来ることはない。

順調に行けば。

物事とはいつ何が起こっても不思議ではないのだ。だから、彼女達が打ち出した計画に狂いが起きてもなんらおかしいことはない。

これが、得手とすることを用いた計画の場合であれば、勝手が違うのだが、ラクスが言ったようにプログラミングに関しては得手とはしていないのだ。キラのように。

まあ、それでも並みのコーディネイターよりも数段高い能力を秘めてはいるが。



「・・・・・・そうなった時はそうなった時で対処するまでだな」

「そうですわね。何事も無いことを祈りましょう」

























各々の部署での作業が終わり、また、艦橋での準備も滞りなく進む中、混乱の極みにあるザフトの中枢では、イザーク、ニコル、ディアッカの3人が鬼気迫る勢いで作業画面と対峙していた。

先程の警報は、この突然潜り込んできた、所謂コンピューターウィルスの所為だった。常ならばある程度のウィルスはマザーが勝手に処理をしてくれるのだが、これは違った。マザーを即支配下に置き、マザー自身にそれぞれを制御不能にさせていくというものだった。

仮にも軍施設のマザーということで性能の良さはいうまでもない。易々と支配下に置かれるほど簡単なものではない。それなのに、そのウィルスは易々とマザーを支配下に置いた。そして、次々とあちらこちらのシステムを制御不能にしている。

ウィルス自体はすぐ見つかった。デリートさえすればマザーも元に戻るし、システムの制御不能も修繕される。だが、そこまで分かっていながらウィルスを消すことが出来なかった。

いや、消すのに相当の時間がかかっていた。



「ッ・・・・なんなんだ、これは!」

「静かにしてください。気が散るでしょう!」

「・・・・・・・・マジ勘弁。俺情報処理苦手だってのに」



舌打ちと共にイザークがぼやくと、まるで条件反射のようにニコルが切り返した。

ニコルは流れるプログラムを目で追い、それと同時に手はキーボードの上を滑らかに動いていく。纏う空気は全てを拒絶するかのようで、普段温厚なニコルにしてはかなり気が立っていた。

泣き言を漏らすディアッカは、手こそ動いてないが、顔が引きつっていた。

修正しても修正してもすぐにまた駄目になってしまう。かといって原因のウィルスはなかなか消えてくれない。まるで埒が明かなかった。

もともと情報処理というものが苦手だと自負しているディアッカにとって、これは辛すぎた。



「一体誰なんだ、こんなもの潜り込ませたのは!」

「・・・・・・・・・・・・想像したくないですけど、心当たりはありますね」

「んー・・・・でもよ、仮にニコルの言う人物が犯人だったとして、目的はなんだ?」

「目的・・・・・」



絶えず頭に過ぎる人物達が犯人ならば、それを論ずける動機があるはずだった。よもや違うとは、到底思えなかった。

何か、忘れているような気がする。

違和感を拭えぬまま、3人はそれを探る。答えはすぐそこにあるはずだから。

その間も3人の指は休む事無く踊った。とめることは出来ないのだ。



「・・・・・・・・・・・あ」

「なんだ?」

「ディアッカ、何か思い出したんですか?」



唐突に思い出された事柄に、ディアッカは思わず一瞬作業を止めてしまった。しかし、すぐに我に返ると、再び指を滑らせる。そして、滑らせながら、ディアッカは渋い色を見せた。



「いやー・・・・・ああ、まあ、な」

「なんだ?早く言え!」

「そうですよ!別に躊躇うことなんてありません!」

「まー、そーなんだけどよ・・・・・」



躊躇したくもなる。

ディアッカは、内心これを口に出した時のイザークとニコルの反応が手をとるように分かってしまい、つい口籠ってしまっていた。いや、それ以前にどういえばいいかが分からなかった。事実をそのまま告げるのが1番妥当なのだが、その直後にくる自分への被害を考えると気が進まない。かといって遠まわしに告げても、ニコルはともかくイザークが悟れない時、癇癪を起こし、結局入らぬ火の粉を被る結果となる。

しかし、このまま黙し続けることも出来ない。只でさえ皆気が立っているのだ。イザークは常の数倍、そして、ニコルも。普段あまり怒気や苛立ちを表さないだけ、ニコルは怖い。

ディアッカは大きく息を吸い、深呼吸すると、胸中で叫ぶ。気合を入れる為に。

そして。



「足つき・・・・・の捕虜に近付いてたような・・・・覚えが、ってか、直前にそっち方面の通路でばったりしたよな?」

「あ」

「・・・・・・・・最悪ですね」



まさにニコルの言う通りだった。突然の緊急事態に、すっかり忘れてしまっていた。これは軍人として、しかもエリートを名乗るとして、あるまじきことだった。

プライドの高いイザークは、それがよほど悔しかったのだろう。痛いほど唇を噛み締め、心なしかキーボードを打つ力が乱雑になった。小刻みに身体が震えているのは気のせいではないだろう。



「誰かっ、誰でもいいから手が空いてるものは至急格納庫と捕虜の所へ行け!脱走を謀っているかもしれん!」

「「「はっ!」」」



数人の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、彼らは部屋を後にしていた。

しかし、イザークたちは知らなかった。

最初の警報で格納庫に向かった者たちが、未だ中に入れず立ち往生していることを。

























「発進いつでも大丈夫です!」

「此方も準備整いました」



耳に届く報告に、マリューの心臓の音は徐々に大きくなっていった。今までの自分だったら、こんな大それた行動――捕虜になった後脱走――など、決して起こせなかった。いや、そんな考えすら浮かばなかった。

しかし、今、彼女はその大それた行動を起こそうとしている。いや、既に起こしている。

それは信頼できる多くの仲間がいるからだ。そして、その道を示した存在がいるからだ。自分だけでは軍に見捨てられた時点で自暴自棄になってしまったに違いない。事実、今回も知らされた時目の前が真っ暗になった。自暴自棄にならなかったのは、マリューが同じく捕虜の身である仲間たちの頂点に立つからだ。

だからこそ、冷静になれた。まあ、完全に冷静だったかと問われると返答に窮してしまうが。



この道を示した少女達は、見届けろという。マリューには何を見届ければいいのかは分からない。少女達曰く、その欠片を持っているというが。

マリューは見届けると決めた。信頼できる仲間達も賛同してくれた。ならば、どんと構えて見届けるしかない。



「アークエンジェル、発進します!」

「前方シェルターを突破する!ゴットフリート照準!」



すぐ傍で、指示を飛ばすナタルの声を耳にしながら、マリューは無意識の内に身につけているペンダントへと手を伸ばした。そしてぎゅっとそれを服の上から握り締める。



「てぇ!!」



瞬間。画面に映っていた前方を塞ぐシェルターが破壊され、そこから勢いよく海水が入り込んでくる。少しだけ海水が溜まるのを待ち、アークエンジェルはゆったりと前へ、外へと進み始めた。

そのまま艦を基地の外に出すと、アークエンジェルは一気に加速をかける。マザーは麻痺し、防衛プログラムが役に立たないからこそ出来たことだった。



「このまま一気にここから離れる!」



応えるかのようにアークエンジェルのスピードは増していく。



「目的地は、オーブ」



中立の平和を築く、その国へ。

























「漸く発進したようですわね」

「プログラム大丈夫だったな。後は、回復するまでにどれだけ間を取れるかだが・・・・・」

「一応、応援の準備をしていた方がよろしいかもしれませんわね」

「了解」



展望デッキへと移動し、徐々に加速して行く風景を見つめていた。どうしてもこの場にそぐわないカガリとラクスの表情は、溶融に満ち溢れて見える。しかし、目は違う。ほんの僅かだが、焦りが見え隠れしていた。



ラクスの提案に頷くと、カガリは神経を研ぎ澄ませるように瞼を閉じ、世界を遮断して自分の世界を築く。そして、胸のうちで呼びかけた。?

自身の半身を。

共に生まれ、心をつなげることが出来る、唯1人の兄を。



















一行は、進む。オーブを目指して。

全ての物語の終幕の地へ。









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