■第9章〜全てが終わるとき〜■ 「ちょ、ちょっと待って!」 「なんでしょうか?」 「ここから、どうやって移動するの?あなたたちが言っているのは、ここにいる全員なのでしょう?」 「ああ、そうだ」 マリューの疑問に、ラクスとカガリ以外の誰もがはっと気付いた。 そうだ。ここは、ザフト軍の軍基地なのだ。そう易々と脱出できるわけがない。しかもこの大人数。幾ら人員不足だったとはいえ、一艦を動かしてきただけの人員がいる。移動するには大人数だ。 ラクスはくすりと天使のような笑みを浮かべると、どこからともなくコンパクトサイズの物体を出した。鼠色のそれは長方形の形をしており、ラクスの手のひらよりも若干大きい。ラクスはその物体を開いた。 「ご安心ください。なんら問題ありませんわ」 「それは、一体・・・」 左手でそれの平面を持つと、余った右手でラクスは何かを打ち込んでいく。カタカタと、リズム良い音が部屋中響いた。 「これはアスランとキラ共同制作のパソコンだ。このときの為に作ってくれたんだ」 「ハードはアスランが、ソフトはキラが手がけた最高の逸品ですわ」 口元を吊り上げ、自分の事のように自信ありげに言った。ラクスもだ。 カガリは閉じた背にもたれながらラクスの作業を見つめている。ラクスはカガリと、そしてアークエンジェルクルー達の視線を一身に浴びながらキーボードに手を滑らせている。全く変わらないスピードで、しかも早い。 と、その時。 扉に背を預けていたカガリの顔から表情が消えた。さりげない動作で扉に耳を当てた。 かすかに響いてくるのは、声。 呻きながらも怒気に溢れている声だった。心当たりは当たり前にあった。 「ラクス・・・・奴らもう起きたぞ」 「あらあら、タフな方たちですこと」 「どうする?まだかかるだろう?」 「そうですわね。キラのように数秒では出来ませんわね。・・・・・最低でも後5分は欲しいですわ」 ラクスは一旦踊る手を休め、視線をパソコンの画面からカガリへと移した。ラクスの返答に、カガリは無言で頷くと、すぐさま踵を返し扉のロックに手を宛がった。 「カガリ?」 「時間稼ぎに遊んでくる。もう一度のしてやるさ」 「ご無理しないでくださいね」 「私を誰だと思っているんだ?」 「念には念をと言いますでしょう?かすり傷一つ負ってしまえば私が彼から怒られてしまいますわ」 「・・・・・・・留意する」 「ふふ、行ってらっしゃいまし」 「ああ」 不敵な笑みを浮かべ、カガリは素早く解除ナンバーを打ち込むと室外へと躍り出た。 カガリが出たその直後、再び扉は閉まる。閉まりかけながら、ヒステリックな少年の叫び声が耳に届いたのはきっと気のせいではないだろう。 ラクスは、作業を一時中断し、と自他扉の前まで行くと、再びロックの暗証番号を変更した。 念には念を、だ。 一連の出来事についていけず呆気に取られているアークエンジェルのクルー達は、まるで目が点状態だ。 中には失礼にも人差指をラクスに向け口をパクパクと動かすものもいた。言いたいことがあるのだが、上手く言葉が見つからないらしい。 「カガリは強いですからご心配なく」 「いえ、そうじゃなくて」 「なんでしょう?」 「え・・っと・・・・・なんでもないわ」 「そうですか」 では私は作業に戻りますね、と鈴のように可憐な声で言うと、ラクスは再びがらりと雰囲気を変え作業に没頭した。 そのギャップに、マリューは思わずため息をついてしまう。 祖父の言葉がよみがえり、また自分の勘が告げていたのでラクスたちに色よい回答をしたが、これで本当に良かったのかと不安になる。 彼女達は大丈夫だと豪語するが、何故だか安心しきれない自分がいるのだ。 周りの乗組員達を見渡し、フラガとナタルで目がとまった。2人も同様に感じているようだと表情で判断できた。 そこではたと、マリューはある事柄を思い出した。 マリューの憂いに満ちた表情を盗み見しながら、完璧に信用しきってない自分がいる事にフラガは笑った。長年軍人として生きてきた証のようで自嘲の念が浮かぶのだ。 半分以上は信を置けるのだが、それでも警戒を怠らない。それを無意識かでなしているのだから、笑えばいいのか褒めればいいのか分からなくなった。 もう一度マリューを盗み見ると、彼女の表情が先ほどの憂いに満ちたものではなく何かを思い付いたようなものになっていた。 「艦長?」 「え・・・・少佐何か?」 「いや、深刻な表情してたから、何かあったのかって」 「少佐、お言葉ですが既にその何かは起こっています」 「揚げ足を取るなよ、中尉」 「別に私は揚げ足を取ってなど・・・」 咄嗟に反論するものの、すぐに立場を思い出しナタルの言葉は口の中に消えていく。 まるで正反対の2人はよく衝突するのだ。しかし、2人の会話をはたから聞くとこれ以上おかしいものはない。実は、マリューはこの会話を聞くのが密かに好きだったりする。 口許を緩め、あーだこーだ言い合う2人に気付かれないよう笑みをこぼすと、マリューは口を挟んだ。 そろそろ止めないと、2人の矛先が互い以外へと移ってしまう。そうなれば被害は拡大だ。片やセクハラまがいの接触によるスキンシップ。片や聞くだけで眉が寄ってしまうような毒舌による説教だ。 「2人とも、仲が良いのは分かったから」 「「どこがだ(ですか)!!」」 「あら、息ぴったりじゃない」 「艦長〜」 「冗談じゃありません!幾ら艦長でも聞き捨てありません、その言葉は!」 「まあまあ、落ちついて」 宥めているのか冷やかしているのか分からない態度でマリューは2人と接する。 それを傍観している方としては、切欠は多分艦長にあるんだよな、と考えている。しかし誰もそれを口に出そうというものはいない。皆関わらないように徹底に傍観に務めていた。 それもそうだろう。関わったら最後、疲れるのは自分の方なのだから。 そんなアークエンジェル乗組員達の姿を目撃したラクスは笑みをこぼした。 滑らかに、まるでピアノの旋律を奏でるかのようにキーボード上の手は一定のリズムを響かせる。そこに変化はない。 「面白い方たちですこと」 だから だからキラは彼らを選んだのかもしれない。受け入れることが出来るのではないかと、希望を託したのかもしれない。 きちんと腹のそこから接することが出来たならば、理解を示してくれるのではないかと期待しているのかもしれない。 だから 見届けるものを彼らにしたいと言い出したのかもしれない 「随分早かったな。予想ではもう少し時間があったんだが」 主語は言わずとも、3人には何を指しているのか分かった。分かりたくはなかったが。 壁にもたれかかり、まだ若干ふらつく頭を抱えやってきた3人を迎えたカガリは、挑発するように鼻で3人をを哂った。 「キッサマー!」 「うわっ!?イザーク落ち着けよ!」 「そうですよ!また同じ目にあいたいんですか!?」 「くっ・・・・しかし!」 背後から抱きしめられるように止められるイザークの表情は憤怒に満ちている。顔を真っ赤にしてきっと柳眉を上げカガリを睨んだ。 ニコルはため息をつくと、振り返り、身体ごと真っ直ぐカガリと向き合った。 「どういうおつもりですか?」 「何のことだ?」 「とぼけないでください。捕虜をどうされるおつもりなんですか?」 「くくっ・・・・」 こみ上げる笑いを抑えることが出来ず、ついカガリは笑みをこぼしてしまう。勿論それはニコルの、ひいてはイザークやディアッカの癇に障ることだ。カガリが笑みをこぼした途端、彼らの表情が険しくなった。 それがまた笑いをこみ上げる要因となり、止めるどころか増長させてしまった。 「な、何笑ってるんですか!」 「くくっ・・・いや、別に・・・はははっ」 「じゃーそれ止めてくんね?すっげーむかつくからさ」 「キサマ、俺たちをおちょくるのも大概にしろ!」 口々に牙を剥く赤服のエリート達の姿が、カガリには滑稽に見えてしょうがなかった。強がっているけれど、彼らはつい数分前にラクスとカガリ、2人の少女にいとも容易くのされてしまっている。その事実は変わらない。 しかも、カガリとラクスは一見か弱そうで、到底力があるとは思えない容姿を持っている。更に、名目上カガリはナチュラルとして知られているのだ。実際は違うけれども。 「別にそんな気はないんだがな」 「何を、白々しい」 「まあ、いい。それよりも、お前たち。またのされに来たのか?」 ご苦労なことで。 瞬間、3人の顔色が憤怒の怒りで真っ赤に染まった。瞬間湯沸かし器を見ているかのように、本当に数秒もかかっていない。 ぎらぎらと睨みつける3人。心なしか殺気も含まれている。 しかし、そんなもの浴びようとカガリにはなんら関係なかった。気にすることでもない。 「私はお前たちに傍観することが最善だといったばかりだと思うんだが?」 「それで納得するほど、僕らは素直じゃないんですよ」 「そういうことだ!」 「さっきは油断しちまったけど今度はそうは行かない。痛い目見る前にはいちゃえよ!」 「ふっ・・・・愚かなやつらだ。ここまで救いようのない馬鹿とはな」 もう一度向かってくるのならば、再び食い止めればいいだけの話だ。会話だけで彼らは従わない。 争いの根本をここで見た気がした。 言葉だけでは通じない。どちらも受け入れようとしないから争いが起こるのだ。双方共に受け入れる気がないから、分かり合うことが出来ないのだ。 それは、本当に哀しいことだ。 言葉は同じで通じるはずなのに、敢えて聞き入れようとしない。 まるで子供が駄々をこねているかのように。 しかし、それが世界の実状だ。 「・・・・・だから、変えなければいけないんだ」 これではいけないと気付いていないものたちへ知らしめる為に。 これではいけないと知りながらも変革を望まないものたちへ思い知らせる為に。 同胞が、託した願いをかなえる為に。 滅びの道へと導いた者たちへの復讐をなすために。 小さな呟きは、流石のエリートたちも聞き取ることは叶わず、ましてや囁いたということ事態に気づくこともなかった。 彼らの中に墓狩りへの怒りが渦巻いている。それが大きく、普段ならば気付いたかもしれないことも気付けなくなっているのだ。見落とすはずのないことも、見落としてしまうほど、冷静さを欠いている。 「知りたいのならば、この先へと行きたいのならば私を倒すことだな」 「・・・・あなたを如何にかしないそこを動かない、ということですね?」 「ああ、そうだ。さっきと同じだ」 「フン、その言葉後悔するなよ!」 「それはこちらの台詞だ。先ほどの二の舞になっても知らないぞ」 「けっ・・・・かなり舐めてくれちゃって・・・」 3人の瞳が先ほど以上に鋭くなった 隠していた牙を露にしたように。 しかし、駄目なのだ。 クウォメイカーは、コーディネイターの礎となった存在。 コーディネイターは、クウォメイカーの有した能力を、特に戦闘能力を多分に低下させた存在なのだ。 幾ら能力が高く、しかも人数がいても、たった3人ならばまだクウォメイカーの方がコーディネイターよりも優れている。 はなで3人を嘲笑し、カガリも構えた。負ける可能性は0に等しい。しかし、しつこい彼らは完膚なきまでにのすつもりだ。 聞く耳を持たない彼らには。 3人が一斉に走り出し、まずニコルが飛び掛ってきた。カガリはそれを易々かわすと、ディアッカがカガリの背後にまわっている。その時生じる隙を狙っていたらしい。咄嗟に反応できずにいたカガリはディアッカに羽交い絞めにされた。 そして、残ったイザークが体を反転させ、蹴りを繰り出そうとした瞬間。 カガリは不敵な笑みを浮かべた。 それを目に留めたイザークは一瞬動きが止まり、ニコルは瞠目してしまう。 傍から見れば、圧倒的に不利なのはカガリである。それなのに、当の本人は笑っているのだ。あたかも自分は負けないというように。 負けるのはこちら側だとでも言うように。 そして、それは突然起きた。 拘束されていたカガリは、自分を羽交い絞めにしているディアッカを抱えるようにして前屈した。しかも、ディアッカの腕が途中で外れることが無いようその手をつかんで。 勢いをつけていたため、また、予想外の行動であったためディアッカはそのまま前に投げ飛ばされてしまう。鮮やかな一本背負いのようだった。その華奢な体のどこにそんな力が隠れているのだろうか。 イザークとニコルは咄嗟にカガリとの距離を置く。また、頭を押さえながら立ち上がったディアッカも同様に距離を置いた。このまま策もなしに突っ込んでも駄目だと、漸く悟ったのだろうか。 しかし、彼らが再びカガリに挑むことはなかった。 3人とカガリが対峙したまま視線をぶつけ合っている最中。 それは突然鳴り響いた。 敵の来訪を告げるアラート。 続けざまに、焦った管制の放送が響いた。 『緊急事態発生。緊急事態発生。基地内にいる全官は至急各々の持ち場に集合されたし』 「なんだ?」 「まさか、これもあなた方が仕組んだことじゃありませんよね」 「答える義理はない。それよりも早く行かないといけないのではないのか?」 「ちっ・・・」 忌々しげに睨み付けると3人は踵を返し、何処かへと去った。 3人の背を見送ると、カガリは肩の力を抜く。そして、閉じた捕虜のいる部屋の扉をいじけたように睨んだ。 「全く、少し遅かったぞ」 「ごめんなさい。よす以上に強固なものでしたの」 狙ったように開いた扉から出てきたラクスは、苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を述べた。ラクスの後からは恐る恐るといった様子でアークエンジェルの乗組員達がぞくぞくと続く。 この騒ぎはラクスによってもたらせたものだ。 この混乱に乗じて、ここから脱出する為に。 「時間がない、早く行こう」 「ルートは既に確保していますわ。私が先導いたしますので、カガリは最後尾に」 「分かった」 「皆さん、ついて来てください」 ラクスはそう言うと、アークエンジェルの乗組員達の返答を待たず走り出した。呆然としてしまったが、すぐに我に返った上官3人はすかさずその後を負う。それに下士官達も従った。 時間は迫っている。 BACK HOME NEXT |