■第9章〜全てが終わるとき〜■






一応女性の端くれとしての自覚もあり、大々的にのす事は避けたいとはいえ、そう時間もかからずエリートたち3人の意識を奪うと、ラクスとカガリは当初の目的を果たす為に、既に見えている扉を目指した。

思わぬ邪魔が入り時間を食ってしまったが、何とか間に合わせなければならない。

地球軍がオーブを攻める、という一報がここに伝わる前に彼女たちは彼らを引き連れここを離れなくてはいけないのだ。



「行くぞ」

「ええ」



解除ナンバーはまだここにキラとアスランがいた頃に聞いていた。だからいちいちハッキングしなくても問題ない。

変えられていなければ。

しかし、予想通り番号は変えられていなかった。

入力し、造作なく扉は開かれる。その瞬間突き刺さる複数の視線。

驚きと、恐怖と、様々な視線を一身に浴びる。



「お邪魔しますわ」

「久しぶりだな」



するりと身を滑らせて中に入ると、すかさず扉を閉め、解除番号を変更する。

意識が戻るのにはまだ時間がかかるだろうが、念のため番号を変更しておいた方が得策だ。万が一予想よりも早く目覚めてここに来られては計画が滅茶苦茶になってしまう。



「どうして・・・・あなたたちが?」

「交渉しに参りましたの」

「交渉?俺たちに?」



頷くと、困惑気な動揺が部屋中に走った。



「お前たちが今更我々に何の交渉を行うというのだ」

「あなた方に目撃者に、証言者になっていただきたいのです」

「なんだ、そりゃ」

「捕虜である私たちに?」



口を開くのは主だった上官だけだ。

他の下士官達はじっと遣り取りを見つめるだけ。そわそわと事の成り行きを見守るだけ。



ラクスとカガリは頷く。

目撃者として、証言者として、彼らには同行してもらわねばならないのだ。



「そう、コーディネイターという敵をパイロットにしたあなたたちだからこそ」

「中立の中で戦ったお前たちだからこそ」



「「見届けるものとして、相応しい」」



綺麗に重なった声。

言葉。

向けられた笑みはどこまでも美しく、心を惹いてやまない。



「既にお前たちは地球軍ではない」

「それは一体・・・」

「向こう側がお前たちなど知らないと、ザフトの捕虜交換に対して返答している。だからもう、お前たちは地球軍ではない」

「そんな・・・・・」



もとより軍属であった者もそうでない者も、皆一様にざっと表情を変えた。地球軍から見捨てられるという事は捕虜としての価値も失い、最悪の場合命の保障もなくなってしまうのだ。

捕虜のままならばまだ条約があるため命の保障はある。だが、存在すら認めてもらえないとすると、テロリストとして認知される恐れもあるのだ。不安にならない方がおかしい。

多少予想していたとはいえ、実際その事実を突きつけられてしまうと、受ける衝撃は大きかった。

快くは思っていなかったが、それでも軍を信じる気持ちが全く無かったわけではなかったのだ。こういう形で裏切られるだなんて信じたくなかった。



「ですからここにいてもあなた方の未来はどうなるか分かりませんわ」

「ここに残って流れに身を任せるか、それとも私たちの手を取り見届けるか。2つに1つだ」

「見届ける・・・・?」

「ええ、そうです。見届けていただきたいのです」

「2つの種族の争いの中で唯一異なる種族のもの同士がともに肩を並べて戦った空間にいたものだからこそ、その資格があるんだ」



脳裏にキラの姿が過ぎった。

日に日に浮かべる笑みは弱くなり、口数も、食欲も減り、体の線の細さも際立っていったコーディネイターであるパイロットの少年。ザフトに投降した日、彼から紡がれた言葉は今でも狂気を秘め、思い返すだけで心が痛くなる。



「あなたたちは何を考えているの?」

「真実は己が目で見たものだけですわよ。マリュー・ラミアス」

「あなたは既に、真実の欠片を持っている」

「真実の・・・欠片?」



首を捻るがそれに該当しそうな事柄は何一つ思いつかない。

しかし、眼前で佇むラクスとカガリはかすかに笑みを浮かべるだけで望む答えを返してくれる気配はなかった。



時間は刻一刻と過ぎていく。いつオーブに戦渦が落とされてもおかしくはない、今の状況。

これ以上長引かせるわけには行かないのだ。コーディネイターにとっても、ナチュラルにとっても。

戦争のきっかけとなった核が、極秘裏にとはいえ用いられた今、もう共倒れするまで戦い続けるしかない。しかし、それでは駄目だ。

自分たちは。

自分たちの種族はそれを認めない。

ナチュラルの横暴も、コーディネイターの驕りも、どちらも認めない。



「生憎、そんなに時間は長く、取れませんの」

「流れに身を任せるのか、見届けるのか、2つに1つだ。選んでもらおう」



迫られた選択は、マリューの中でズシンとその存在の重さを主張する。

前者を選べば、今以上に不安に脅えながら、酷く長く感じる時間をすごしていかなければならない。

後者を選べば、今よりかは心理的に楽かもしれないが、何が自分たちを待ち受けているのかが分からない点、ある意味前者よりも不安は強い。

だが、それと同じくらい、好奇心がうずく。

ラクスとカガリが言う、『見届ける』という行為自体に対して。



「・・・・・私は」



無性に喉が渇いた。

空調は適度だと言うのに、じんわりと肌に汗が浮かぶのが分かる。

突き刺さるように集められた視線が痛く、その全てを背中に預けられたようで、酷く緊張する。

事実、マリューの選んだ答えが他の者たちの答えとなり、進むべき道となる。責任は重大だ。



「っ・・・・その」



上手く言葉が紡げなかった。真っ直ぐと一転の曇りなく見つめてくるラクスとカガリ。

答えを今か今かと待ち望んでいる。

無意識の内に、ごくりと喉を鳴らしていた。



「艦長」

「俺たちは君の答えについていく」

「ナタル・・・・少佐・・・」



力強い笑みを浮かべ、2人は頷いた。それにつられたのか、フラガとナタルよりも後方に控えていたクルー達もしきりに頷いている。



「艦長に従います」

「ここまであなたについてきたんだ。これからも付き合いますよ」

「私も!」

「ぁ、俺も俺も!!」

「トールにミリィ・・・そんな言ったもん勝ちじゃないんだから」

「そ、そうだよ・・・」



重かった部屋の雰囲気が、一瞬にして腐食されていた。彼らの言葉に、マリューは思わず目頭を熱くする。

これほど嬉しい日は今まで生きてきてあっただろうか。



マリューはクルー達から視線をラクスとカガリの2人に戻し、今度は2人と同じくらい強い意思を込めて彼らを見つめた。

選ぶ答えはただ1つだ。

それが正しいのか正しくないのかは分からない。けれど、自分たちにとって悪い方向に働くとは到底思えない。

だからこそ、選んだ。



それに、引っかかったのだ。あの、祖父の言葉が。

死の直前、意識も朦朧としてマリューをマリューとして認められていたかも分からない状態で、祖父が紡いだあの言葉が。



「私たちは、あなたたちの言う、見届けるものになるわ」

「その言葉に二言はありませんわね?」

「ええ。無いわ」

「そうか、じゃあ、早速で悪いが場所を移動する」

「え・・・・場所を?」

「ええ。目的地は中立国オーブ。急がないと始まってしまいますわ」

「一体何が始まるって言うんだ?」



振り返った2人の少女の雰囲気は一変していた。

佇むだけで目がそちらに向いてしまうような存在感だけであったというのに、今は違う。

その存在感に奥に秘められた荒々しい戦女神が見えるのだ。



「戦闘、ですわ」

「あなた方には、それを見てもらう」









焦点の定まらない瞳は、自分ではなくどこか遠くを見ていた。伸ばされた手もまた然り。











「「全てが終わる時だから」」









よく耳を澄ませていないと聞き取れないくらい小さな声は、下手をするとあえぎ声にしか聞こえなかった。

しかし、自分は確かに聞いた。祖父の、言葉を。





「お前たちに幸があらんことを・・・・クウォの残し子たちよ」











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