■第9章〜全てが終わるとき〜■






「あらあら、ザフトのエリートさんがストーカーのような真似をなされて」

「エリート名も廃るな」



遠慮容赦ない言葉を浴びせながら、彼女達は彼らをどう追い払うか、それだけを考えあぐねていた。

このまま引きずり込むことは容易いだろう。その方がこちらとしても楽であり、また、戦力的にも喜ばしい。しかし、それをキラ達も望んでいるかと聞けば話は別だ。

そして、自分たちもまた、それを望んではいない。

欲しいのは、目撃者だ。

証言者だ。

戦力なんて、必要ない。それだけの力を自分たちは持っている。



「言わせておけば!!!」

「どーどー、落ち着けよ、イザーク」

「そうですよ。僕たちにはいなくなったアスランとキラさんについて彼女達に聞かねばならないという使命があるんですから」



誰がお前たちにそんな使命を託したんだよ。

思わず口から出そうになった言葉を飲み込み、カガリは深々とため息をついた。隣のラクスはただただ笑みを浮かべるばかりだ。その瞳は一片たりとも笑ってはいまいが。



「で、用件はなんだ」

「ですから、アスランとキラさんについてですよ」

「一緒に行ったあんた達だけ戻ってきて、あの2人が戻ってこないってのもおかしな話じゃん」

「・・・・・・・知っているなら話してもらおう」



強気な姿勢は大いに結構。

弱腰では到底叶わないという事は、イザークの一件から学んだのだろう。

表面は笑みを浮かべ取り繕ってはいるが、その瞳は獲物を獲た猛獣のもので、簡単に見逃してくれなさそうなのは確定した。



だからと言って彼らの策にまんまとはまる心積もりなんて彼女達にはない。



「あの2人には別口のお仕事が入りましたの」

「ここに戻ってくる事はもうない」

「別口の仕事って、なんですか?」

「それは秘密ですわ。所謂トップシークレット事項ですもの」



それはそうだろう。

最高評議会直々の、私的な依頼だ。

ザフト、如いてはプラントとは無関係なところでオーブの危機を救ってくれというものなのだ。

表立ってプラントを庇えば、地球連合はオーブをプランとの属国と考えるだろう。それはあってはならない。

オーブという国は、永世に中立でいなければならない。

中立国が、コーディネイターとナチュラルが、遺伝子操作されたものたちとそうでないものたちとが共存できる場を失ってはいけないのだ。



「・・・・では、あなた方はどうしてここに?」

「あいつらが別口の任についたのならば、お前たちはここにはいないはずだ。違うか?」

「あらあら、思っていたよりも賢いのですね」

「なっ!?」

「エリートを名乗るだけはある、か。なぁ、こけし」

「こけっ!?」



白磁を思わせる肌が、憤怒によって見る見る内に真っ赤に染まっていく。

何とか激昂するイザークをさえようとディアッカが抑えるが、あまり効力が無いのは明らかだ。抑えておけるのも時間の問題だろう。

しかも、カガリとラクスは依然として挑発を続ける。火に油を注いでいるのだ。



勘弁してくださいよ、と内心ぼやきながら、ニコルは立ちはだかる彼女たちの真意を汲み取ろうと、じっと見つめた。

しかし、求める答えは見つからない。うわべの笑みだと分かっているのに、それを攻略することが叶わない。

どこにも、付け入る隙が無いのだ。

完璧なまでの、壁。それがそこには存在した。



「私たちは彼らが出来ない、ここでしか出来ないことをしに戻っただけですわ」

「お前たちには関係ない」

「関係ないと言われても、関係ないとは言い切れないと思います。ここから先にあるのは、捕虜を入れている部屋だけですから」

「・・・・・・・」

「質問を変えますね。彼らに何の御用ですか?」



空気がぴんと張り詰めた。

一本の糸が、限界まで引っ張られているような感覚だった。

触れれば。その糸は切れてしまう。そうなれば真実は決して知ることが出来なくなってしまう。

本能でそれを悟っていたから、それ以上言葉を重ねることは出来なかった。

ただ、互いの腹の探り合いしか出来なかった。



どちらも譲ることは出来なくて、ただただ対峙するだけ。

その間にも時間は刻まれ、オーブ襲撃は迫ってきている。

足音はまだ耳に届かないけれど、確実に近付いている。

このままでは埒が明かない。いつまでもここでこうして無駄な時間をすごすわけには行かないのだ。



「それはあなた方には関係の無いこと」

「そんな事ありません。彼らはザフトの捕虜ですから」

「地球軍との交渉に使えなくても、ですか?」

「・・・・・それは何を根拠に仰っているのです?」

「事実を言っただけです。あなた方も知っているのではないのですか?彼らが、アークエンジェルのクルー達が、見捨てられた事は」



ラクスの言は、まさにその通りだった。

再三にわたる地球軍への捕虜交換の要請。

しかし返ってくるのはそんな者たちは知らない。そんなものたちは在籍していない。

だから応じることは出来ない。

それだけだ。

そう、彼らは地球軍から見捨てられた存在なのだ。向こう側としては、もう、機密も何もないのだろう。

捕虜交換までして取り戻す価値すらないのだろう。

むしろ、このままザフと軍とともに葬り去ろうと画策しているかもしれない。



「ラクス時間がない」

「ええ、分かっていますわ、カガリ」

「お前たちの知りたい事は、間を置かず知ることが出来る」

「それまでは、傍観していてくださいまし。こちらとしても、そちらとしてもそれが最善の形ですわ」

「っ最善の形って・・・・・傍観することがですか!?」

「ええ、そうです」

「そんな事出来るわけねーじゃん!」

「やってもらわないと困るんだ」

「それはお前たちの都合だろう!こっちには関係が無い」



見て見ぬ不利など出来はしない。

それが幾ら最善と言われようとも、納得など出来ない。



全く聞き入れる姿勢が感じられない3人に、カガリとラクスも焦りは募る。

彼らと、アークエンジェルのクルー達との交渉の時間も考慮しなければならないのだ。

彼らこそ、目撃者として、証言者として相応しい。

コーディネイターを超える自分たちを見届けるのに、彼ら以上相応しいものはいない。



「時間が、あまりありませんの」

「あくまでも邪魔をするならばこちらにも考えがある」



言外に武力を以って妨害を食い止めると、彼女達は言う。

ザフト軍のエリートに対して。

それは、エリートとして自負している3人にとっては屈辱極まりないことだ。どちらかといえば庇護しなければならない女性に、しかも片方は能力的に劣るナチュラルに、力で勝つと言われたも同然なのだ。

これ以上屈辱なことはない。



「やれるものならやってもらおうか!」

「女だろうが、姫だろうが、容赦しねーぜ!」

「舐めないで頂きたいですね、僕たちを」



彼らは知らない。だからこそ言えるのだ。

もしもラクスとカガリがコーディネイターを超えるものだと、クウォメイカーだと知っていたのならば、こんな言葉はでてこない。

だが、現実に彼らはそんな事実を知らない。

知っているわけが無い。



「無知こそ正しいとも言いますが、この場合は愚かですわね」

「ああ、同感だ」







結果は火を見るよりも明らかだ。

けれど、3人はそんな事知らない。知っているわけが無い。



無知は善

だが

無知は罪









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