■第9章〜全てが終わるとき〜■






温かくて、悪いことをすればこっぴどく怒られて。いいことをすればうんざりするほど褒められて。

でも、それが嫌だとか鬱陶しいとか、一度も思った事はなかった。

それが、普通で、それが、日常だったから。

これ以外の形なんて、望んだこともなければ、考えた事もなかった。

ただただこの形が崩れなければいいと思っていた。

いや、崩れることなど考えたことはない、続けばいいと思っていたんだ。



しかし、それは叶わない。



自分が背負うものは重く、逃れられない。

逃れようとも思わないが。



続けばいいと思っていた形を、自分から絶つ。

崩れないと思っていた形を、自分で壊す。



昔の自分が、欠片も想像していなかったことが、今自分の手で行われている。



後悔はないけれど、未練は残る。













「自分のやりたいように、やりなさい。進みなさい」
「でも、決して、投げ出さないで。途中で諦めないで」
「成し遂げると決意した以上、必ず成し遂げなさい」
「絶対に、よ。キラ・・・・そしてアスラン君」


穏やかに微笑むカリダとハルマに、キラとアスランは神妙な顔で頷く。

彼らは、背中を押してくれるのだ。

そして、必ず成し遂げろと言うのだ。

言外に、それ以外の結果をはじき出したら許さない、というニュアンスを含めて。



「ありがとう、父さん、母さん」
「ありがとうございます、おじさん、おばさん」


心からの感謝を。



あなたがたに送ります。





























時を遡り、キラとアスランが無事オーブに入国した頃、ラクスとカガリもまた、地球にあるザフト軍本部に戻った。

出た時一緒だったキラとアスランの姿が無く、2人のみの帰還に出迎えた多くのザフト兵たちは首を傾げずにはいられなかった。だが、誰1人としてそのことをラクスとカガリ、この両名に訪ねるものもいなかった。















「聞きたいことがあれば直接訪ねればいいものを」
「出来ないからこうして遠目からみているのだろう」
「全く・・・・意気地が無い」
「それも仕方が無いんじゃないのか?何と言ったって、私たちは・・・」
「そう、でしたわね」


遠目から眺める兵士達には聞き取れないくらいの、互いの耳にしか届かない程度の音量にとどめて言葉を交わし、2人は真っ直ぐとした足取りで定めた目的地に向かって進んでいた。

誰も彼女たちを止めるものはいない。

ただ遠巻きに眺めるだけだ。

数日間離れただけだというのに、2人がこうして出歩いていることがよほど珍しいらしい。

確かに、よく考えてみれば彼女たちは全くといっていいほど外に出ていなかったのだ。

この反応は当然のものかもしれない。

だがしかし、食事時は部屋で摂らず食堂で摂っていたのだ。だから慣れていてもおかしくはない。



「特にお前は歌姫という兵士達の憧れの的。アイドルだからな」
「やはりそれも原因なのでしょうね」
「違うと思っていたのか?」
「ええ、まあ」
「原因の大部分はそれだと思うぞ、私は」


カガリの呆れた視線を敢えて無視し、ラクスは話を逸らすように前方に見えてきた目的地の扉をじっと睨むように見つめた。

追ってカガリも同様に見つめる。



「簡単に応じると思うか?」
「まず間違いなく無理でしょう・・・・・一部を除いて」
「だよな。でも時間を食うわけには行かない」
「ええ。それは百も承知。いつ地球軍がオーブを攻めてもおかしくはありませんからね」


プラントで得た、オーブ襲撃の報。地球軍の準備は粗方終わっているのだ。つかんだ情報に寄ると。

いまや地球軍を牛耳るブルーコスモスの盟主は、既に他の地球軍幹部を言葉巧みに丸め込んでいる頃だろう。

そしてそれに乗じてあの機体を試す算段のはずだ。

だから、それまでに戻らなくてはいけない。彼らを連れて。

キラとアスランが求めるものを連れて。

それが彼女達に任された仕事なのだ。



「交渉に移るのはいいんだが、後ろ」
「・・・・・カガリも気付いていましたのね」
「気付かないほど間抜けじゃない」
「ふふ、そうでしたわね」


鈴のように笑うラクスの姿は、歳相応のものに見えた。



「で、だ。あいつらどうしようか」


ちらりと、さりげなく視線だけを背後に向ける。

視線の先には曲がり角の陰に隠れた三色の髪が映った。いずれも皆紅を身に纏っている。



「どうしようも何も・・・・どうしましょう」
「分担するか?片方が交渉でもう片方があいつら」
「それは名案ですが、交渉した後のことも考えると・・・」
「・・・・・果てしなく面倒だ」


だからと言ってこのまま気付かぬフリをするのも更に面倒なこと発展するに違いない。

という事は、今ラクスとカガリの取る道はたった1つしかない。

2人は互いに視線を交わし首肯すると、同じタイミングで背後を振り向いた。

浮かべるのは、美しく、艶やかな魔性の笑み。



「こそこそ付けられるのは心外ですわ」
「男なら堂々意いたい事ははっきり言え」


言外に隠れているのは分かっているんだ、と言い放つ2人の言葉にぎくりと動揺した雰囲気が流れた。

そして待つこと数十秒。

観念したらしく、開き直り飄々とするもの、忌々しそうに舌打ちするもの、苦笑を浮かべるもの、が順々に姿を現した。









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