気配を殺して室内に入り込む。 まるで、その昔実在していたという忍者のような気持ちになった。 未だ誰もいないだろう、と思っていたが、上履きを収める棚には既に2組の靴があった。 1つはキラの分。 1つはアスランの分。 早いな、と思う反面、あの2人はどんな会話をしているのだろうか、と妙に気になった。 それもこれも、先日のサイの発言の所為だと思う。 それまでは全く気にしていなかった2人の接点。 気にしてみれば、思いのほか2人の姿を一緒に見る。 分からないといって、アスランがキラの傍を通り抜けるたびに声をかけ呼び止めている。 分かるかといって、アスランがキラのそばを通り抜けるたびに声をかけてPC画面を覗き込んでいる。 気付かなければよかったこと。 しかし、自分は気付いてしまった。 さりげない、その空気に。 嫌な事を思い出したな、と内心ぼやき、イザークは軽くため息をついた。 日々その憂鬱は増すばかりで、これではそのうち睡眠不足という母に知れたら大騒ぎな事件へと発展してしまいそうで怖かった。 余談ではあるが、イザークの家はイザークの母、エザリアが名実共に実験を握っている。彼女の旦那でありイザークの父である男は影が薄い。その所為か、イザーク自身もやはりエザリアに弱かった。非常に弱かった。 話を元に戻そう。 教室内に入り、その瞬間、イザークは声を失った。視線の先にあるものに瞠目した。 PCがのっていない、作業用の机にうつ伏せて規則的な呼吸を繰り返すアスランの姿があった。 きっと、おそらく。いや、確実に彼は寝ているのだろう。 確かに未だ他の部員が来るまでには時間がある。だが、寝ていいというわけでもない。 そんなに日々忙しいのだろうか。 そう考えて、忙しいかもしれないと納得する自分がいた。 アスランと同じようにやってきた実習生であるカガリやラクスも、やはり眠たそうな顔をしているのだ。 食事中などの気の抜いた瞬間、欠伸をかみ殺す仕草を見てしまった事がある。 噂に寄ると毎日必ずその日のレポートを次の日の朝までに提出しなければならないらしいし。 このまま放っておこうかと思い、自分の使用するPCへと向かう。 と、その時、胸ポケットにしまっておいたペンが床に落ちてしまった。 これは、この学園に入学した際影の薄い父親が入学祝だといって与えてくれた、大切なものだ。 すかさずしゃがんでそれを取ると、念のために傷がついていないか調べる。 どこにも傷などないと確認すると、イザーク本人は無意識だが、淡い微笑を口元に浮かべその体制のまま再び胸ポケットにしまう。 そして立ち上がろうとした瞬間。机を隔てた向こう側を、キラが横切った。手に、準備室、つまり教師用の部屋に常備してある布を抱えて。 何となく声をかける機会を失ってしまったイザークは、そのままの状態で、息を潜めてキラの姿を見ていた。 「もう、ここで寝ちゃうかなぁ・・・・・」 呆れたようにブツクサ呟いている。 だが、文句を言いながらもキラの手は持ってきた布を、アスランが起きないよう慎重に彼の身体にかけてやっていた。 背中なのでキラの表情は見れないが、なぜかその光景は自然で、まるで映画のワンシーンを見ているかのように感じた。 「ちゃんと寝てるのかな・・・・・」 アスランの柔らかそうな群青の髪を撫でながら、キラの声は先程とは打って変わり心配そうなものだった。 「十分睡眠とらないと、倒れちゃうぞ!」 聞こえていないと分かっていても言いたいのだろうか。まるで説教をするかのようにキラは言葉を続ける。 その間、キラの手はずっと彼の人の髪に触れたまま。 ずっと、ずっと続くかのように、静かなその光景。 時の流れが息に遅くなったかのように、何時間もその光景を見ているような気がした。 自分は、見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか、と。 誰にでもなく問いたい衝動に駆られた。 しかし、どうしてだろう。 このキラの姿を見ていると。どうしてか。 切なさがこみ上げてくる。 無性に苛々する。 そして、小さかった蕾は、その花を咲かせるべく成長を始める。 キラへの恋慕の蕾。 キラとアスランへの疑心の蕾。 この2人は、一体なんなのだろうか。 |