―――君がいなくなって、もうすぐ3度目の夏が訪れる


―――君がいなくなってから、僕は君の事を1日たりとも忘れた事はないよ


―――君だけを、愛している・・・・・・・・・ずっと


―――ねえキラ・・・・・・・




















青々と茂る新緑の木に、蒼穹で輝く太陽の光が降り注ぐ。雲一つ見当たらない、見事な快晴。

大木の根元に腰をおろし、読書に耽る眼鏡をかけた青年は、まるで一枚の風景画を見ているような錯覚に陥るほど景色に溶け込んでいた。

風が吹き、木々がさわさわと揺れる。それに相次ぎ、小鳥の飛び立つ羽音や、互いを求め合う鳴き声があたりによく響く。人工的な音は一切ない、自然そのものの音しか其処にはなかった。

大木で揺れる葉のお陰で木漏れ日ができ、直射日光を防いでくれる上に心地よい温かさも提供してくれていた。

穏やかで、緩やかな時間が流れる空間。

その世界に、突如人口の音が鳴り響いた。青年は読んでいたページに栞を挟むと本を閉じ、右手側に置いていた鞄の中からありきたりな電子音と電光を発する携帯電話を取り出した。小さな画面を見ると、そこにはメールの送信者の名前が表示されている。

“カガリ・ユラ・アスハ”

内心またか、と嘆息しつつ、メールの内容をチェックするためボタンを操作した。

確かめなくても、きっと内容は同じだろう。あの日から、最愛の彼がいなくなって以来彼女からのメールのほとんどが同じ内容なのだから。

メール内容を開き、青年は無表情で表示されている文字を目で追った。

内容は、こういうものだった。





突然で申し訳ないんだが、どうしても頼みたいことがある。急なのは百も承知だ。しかし、私にはお前しか頼れる人間がいないんだ。

兎に角、夕方5時までに私の家に来てくれ。そこで説明する。

それでは





「・・・・・・・今度は何を考えているんだろうな、あいつは」

敢えて用事を書かなかったのは、書いて青年が来ないのを防ぐためであろう。どちらにせよ、青年にとってあまりよろしい事ではないのは明白だ。だからといってすっぽかすわけにもいかなかった。すっぽかせば、彼女はどんな手段を用いてでも今以上にコンタクトを取ろうとするだろうから。

「・・・・・・・仕方がない」

左腕に嵌めた時計に目を落とし、現在の時刻を確認する。約束の時間までまだ三時間弱のゆとりがある。しかし、今青年がいる場所から彼女の家までは、どんなに計算しても二時間半はかかってしまう。

知らずため息をつくと、携帯電話と読みかけの本を鞄に詰め込み、徐に立ち上がった。そして、辺りを一望した後青年はゆっくりとした歩調で立ち去っていった。

その際、青年の表情が名残惜しげだったのに気付いたのかどうかは分からないが、風が吹き、青年をとどめるかのように木々が揺れた。

















バスや電車など、公的機関を乗り継ぎ、指定された時間の十分前に彼女の家の前に到着した。通いなれたその家を見上げる青年の表情は、哀愁が色濃く映っている。視線の先には、カーテンすらないで窓の部屋があった。

青年は自嘲的な笑みを浮かべると、軽く頭を振った。頭の中で考えていたことを振り払うように。そして、まるで感情がない人形のように表情の全てを消すと、呼び鈴を鳴らした。

数秒後、足音がかすかに響き、勢いよく扉が開いた。門戸よりもまだ外にいた青年は、動じた風でもなく開いた扉から出てきた女性に視線を向ける。

明るい金色の、外側に軽くはねている肩ほどまでの長さの髪。蜂蜜を思い浮かべるような大きなも元気で勝気な表情。大抵の男ならばその姿を目に留めると、知らず知らずの内に目で追ってしまうほどの綺麗な顔立ちをしていた。

「早かったな!!」

「・・・・・・いや」

どこか嬉しそうなのは青年の気のせいではないだろう。尻尾があれば必ず元気に振っているだろうな、と容易に想像させる。

「さあ、入ってくれ」

「・・・・・・あぁ」

当然のようになされたその行動が、ちくりと青年の胸を痛めた。そして、よみがえる情景。

昔、同じように導いてくれた存在。青年が大好きな笑顔と共に、招きいれてくれた存在。

「どうした?」

「・・・・・・いや、なんでもない」

動こうとしない青年を彼女は訝しげに見た。戸惑う、というよりも、どうして動こうとしないのかさっぱり分からない様子で。

しかし、それも当然だろう。彼女に青年の思惟など、分かるはずがないのだから。分かるとすれば、たった一人だけではないだろうか。

頭を振り青年は門戸を開く。始めて訪れるものは大体ここで詰まってしまうような、あまり見かけない細工がしてある。ただ、押せばいいのだけれども、どうもその発想にたどり着けないでいるらしい。かくいう青年も、最初にここを開けるときは大変苦労した。

「奥の部屋に行ってくれるか?」

「分かった。お邪魔します」

律儀に家の中に響くように言うと、靴をそろえる。用意されていたスリッパを履き、彼女の言うとおり奥にある客間へと向かった。

ノブを回し、扉を開けると、そこには二人の人物がソファーに腰をおろし、青年を見ていた。

二人のうちの一人は、青年もよく知る人物で、この家の大黒柱だ。その隣に座るのは、きつい印象を与える眼差しの青年。銀糸の髪は美しく、繊細さを感じさせる。切りそろえられた髪型は、彼の整った顔の造詣に思いのほか映えていた。

「おじさん、ご無沙汰してます」

「ああ、久しいな」

一礼して中に入ると、後ろ手で扉を閉めた。そのまま家主の正面にあるソファーに腰をかけようか逡巡していると、家主自身が視線で座れと言ってきたので、遠慮なく座る事にした。

腰をおろし、一体何があるのだろうかとあらゆる可能性を考えてみるが、証拠不十分により分からない。家主は家主で厳しい表情のまま押し黙っているし、銀糸の青年は視線を窓の外へと向けている。最初から自分とは言葉を交わす気がないのだろう。

なんとも言いがたい、重い雰囲気の中、それをぶち壊すかのように、先程同様勢いよく扉があいたのはその時だった。