その日、少女は夢を見た。一方的に攻撃を受けながら抵抗も応戦もしない人々を。 そして、涙を流しながらまだ生まれて間もない4人の子供たちをカプセルに乗せ、何かを呟き、 遠く彼方の宇宙へと漂流させた幾人の大人を。 彼らは泣き叫ぶことも、死を恐れ命乞いする事もしなかった。 ただただ自分たちの運命を受け入れていた。 少女はそれを見ながら、無性にやるせなくなり、胸が痛んだ。 自分たちの目の前に待つ残酷な運命に、逃げることも隠れることもしない彼ら。それが彼らの長 所であり短所であると少女は何故か分かっていた。 これでもかと言わんばかりの大きな攻撃は彼らが掲げる平和の象徴である町を、優しき心をもつ 彼ら一族を滅びへと導く。皆、悲しそうではあるが微笑んでいた。 作られた命。戦争の道具として生まれた自分たちを呪っていなかったかと聞かれると返答に窮し ていた。 こうして皆儚き命を散らしたのでしたわ・・・・・。 彼らを、「クウォメイカー」を自分たちの欲のために生み出した彼らに 目が覚めたとき、少女は少女であり違う存在でもあった。 瞳は涙で濡れていた。頬を伝う雫は枯れることを知らないかのように溢れ続けた。 胸に鋭く突き刺さ る痛みがあった。 「・・・・私たちの・・・運命・・・・」 少女――ラクス・クラインは静かに瞳を閉じ、いまだまぶたの裏に残る悲しき運命をたどった強 く優しき同胞のために涙を流した。 「そう、今私が封じられていた記憶を取り戻したのは、きっと意味があること。怨恨ではなく、 私たちが受けた悲しみや絶望を彼ら・・・今はナチュラルと呼ばれる者たちへ返さなくてはなら ないのですわ・・・」 決して怨恨ではない。 ただ、自分たちの欲望のために儚き命を生み出し、自分たちの驕りのために儚き命を消し去る傲慢な 人間たちを許せないのだ。 自分たちだけでは飽き足らずまるでおもちゃを得た子供がそれに飽きて捨 てるように、尊き命を奪い取っていく。 しかし、それが恨みを晴らすということだと、怨恨だとラクスは分かっていた。しかし――― 許せなかった。 そして、これ以上同じ悲劇を繰り返したくはなかった。 「悲しき思いを、コーディネイターである彼らもしました。きっと、彼らは私たちの一族の子孫で もあるはずですわ・・・」 ラクスは立ち上がり、窓の傍へと歩いた。閉め切ってあるカーテンを開け、人工のものではある が、さんさんと輝く太陽の光を一身に浴びる。 一歩一歩、彼らの物語は動き出す。 ■□■ 地球に降り立ちしばらく経ったある日。アークエンジェルは近辺のコロニーにお忍びだが停泊し ていた。 もちろん、観光などが目的ではない。(確かにこのコロニーには心惑わす観光名所があったが・・・) 残り少なくなってきた食料の買出しが目的だった。 そして、その役目を仰せつかった2人の少年・・・・いや、少年と少女は、話が弾むこともなく 休憩のために入った店で一息ついていた。 「おい、次はあそこに入るぞ」 「分かった。後どれくらい残っているんだ?」 「ざっと・・・・・今お前が持っているくらいは、あるな」 「・・・・・・一回でいいから荷物置きに艦に戻ろうよ・・・」 少年はうんざりしたように、すがる思いで少女に提案した。 なんせ、この少年、今手に持っている荷物の量は半端ではない。大量に果物の入った紙袋を胸の ところで抱え、その腕にはやはりパンパンとなった袋を4,5袋は持っている。 空いている手にも やはり様々な細々したものが何袋もあり、見た目がか弱そうな少年は周りから同情の視線を送ら れていた。本人は気づいていないが・・・。 茶色のさらさらとした髪、まるでガラス細工のように美しい紫煙の瞳、そして、少女と見間違う こともあるだろう幼く整った顔立ち。今は瞳の色があせており、相当疲れているのかぐったりし ている。 少年―――キラ・ヤマトはいつの間にか一緒に来ている少女が注文した料理をつつきながら彼女 の返答を待った。 そして。 「分かった。さすがにお前と同じくらい私も持つかと考えるとぞっとするからな・・・」 「それって・・・・ぼくが持っていたら気にも留めないってこと?」 「まあ、そんなところだな。それにしても・・・あいつら情け容赦ないな」 「・・・・話思いっきりそらした・・・」 「・・・・しつこい・・・いや、女々しい、か」 「ひどいなあ。ぼくはただ本当のことを言ったのに・・・」 キラが悲しそうに眉をひそめると少女は顔を引きつらせた。フォークを持つ手が心なしか震えて いるようだ。 少女は一見(誰が見ても)男にしか見えないような服装を好んでいる。金色に輝く髪は肩よりも 下にあるし、顔立ちだって、可愛い部類に入るだろう。しかし、言動は素晴らしく男勝りだった。 キラは過去に一度いろいろな事情があったが少女のドレス姿をこの目で見たことがある。それま で少女としてではなく、少年という意識が強かったのだが(彼女にとってはこの上なく迷惑だろ うが・・) ドレスに身を包んだ少女には気品と美しさがあり申し分ない女性であった。そう、口 を開かなければ、の話ではあるが・・・。 少女―――カガリ・ユラ・アスハはどこか小悪魔めいた少年に絶対零度の微笑で殴りかかりたく なる衝動を必死で抑えながら返した。 「お前・・・・言うようになったな・・・」 「カガリ限定だけどね・・・やっぱりどこかでストレス発散しなくちゃいけないし・・・」 「人をストレス発散の道具にするな・・・」 「だったら買出し一緒に行く人にぼくを選ばなければ良かったじゃないか」 「・・・それは私がキラ以外の人物と話したことがほぼないのを知っていての発言か?」 「もちろん。でもちゃんと会話しないと駄目だよ」 「それはそっくりお前に返そう」 傍目から見ると中むつまじく会話をしている2人だったが、その実かなりハイレベルな毒舌合戦 だった。 カガリは頭を抱えたくなる衝動を抑え切れなかったらしく頭を押さえながら現実を直視できず にいた。 キラと初めて出会ったのは中立の都市、ヘリオポリスだった。中立というのは建前で実 際にはその都市で対ザフト用の戦闘アーマー、ガンダム(通称G)並びに戦艦アークエンジェル を開発していた。カガリはその事実が許せなく、また信じきれず自分の目で確かめに来ていたのだ。 しかし、そこへザフトが奇襲をかけてきた。大勢の人間が死に逝くさまを見ながらカガリは全ての 元凶であるGの元へと急いだ。 そしてその途中でキラと出会ったのだ。付いてこなければいい ものを天性のお人よしの所為かGのある場所まで付いてきてしまった。そこでカガリは今目の前 にある事実に直面し、父の裏切りを知り思いのたけを叫んでいた。 そう、あの出来事は何があっても忘れることは出来いない。信じていたものが崩れ去ったあの絶望 にも似た感情は。しかしそれ以上に忘れられないのはキラの発言だった。 『・・君、女の子だったの!?』 心底驚いてそう言ったキラの顔は今でも鮮明に思い出される。決して冗談ではなく心の底からの 驚き。 冗談で言われるならばまだ許せるものもある。しかし、キラの場合は本気でカガリが男だと信じ て疑わなかったらしい。確かにカガリは日ごろから女物ではなく男物を好んでいた。単純明快に 動きやすさを求めたからだ。しかし、心はれっきとした17歳の女なのだ。まだまだ恋の経験も ない初心な少女なのだ。それが知り合って1時間も経過していないしかも同年代と思われる少年 に男と間違われた日には・・・・。 まあ、それが1回だけならカガリもそこまで鮮明に覚えていなかったかもしれない。なんとキ ラは同じ事をもう1度やってのけたのだった。 それはつい先日。何の因果か敵である通称『砂漠の虎』の隊長、アンドリュー・バルトフェルド の家へ招待されてしまった日のこと。あの時もこうして2人で買出しに赴いていた。いろいろと 複雑な事情がありチリソースとヨーグルトソースを思い切り被ってしまったカガリは成すがま まアンディ宅のバス・ルームを借り彼の愛人(らしい)であるアイシャにメイクアップさ れてしまった。彼女に連れられキラたちが待つ部屋へと行くとカガリを見てつままれたような顔を したキラがいた。そして・・・。 『女の子・・』 『てんめえ!!』 『ち、違う!!女の子だったんだ、って言おうと・・・』 『同じだろうが!!』 そんなキラはカガリの目から見ても気弱で、しかし優しく孤独の強さを持った少年であった。そ のとき初めて知った。キラがコーディネイターだということも含めてカガリはキラに興味を持った。 再会してつい怒りに身を任せてキラを殴ってしまったことを詫びたときの会話は今もカガリに 疑問を湧かせる。いろいろあったんだ、と語ったときの辛そうな表情は、キラの弱さが見え隠れした。 「会ったばかりの頃はこうじゃなかったのだが・・・」 「時の流れは残酷なものなんだよ。現実は現実として受け止めなきゃ」 「どうしてお前は私の前ばかり強くなる!!」 「・・・・似ているから・・・・」 「似ている?・・・誰に」 「ぼくの親友。・・・多分そう思ってるのはぼくだけだろうけど。なんせ思い切り彼を裏切った 悲しそうに微笑むキラを、不謹慎ながらも綺麗だと思ってしまう。 カガリは自分自身に叱責をしながら相槌を打った。 「そうか・・・・」 裏切った、ということはその親友はコーディネイターなのだろう。・・・そういえばこ の間キラの友人だろうクルーに、キラはザフトのパイロットに友達がいると知りたくもないもの を聞いた気がする、とカガリは思い出していた。 悪いことを訊いてしまったな、と悔やみかけて ふと気づく。キラは今誰に似ていると言っただろうか。カガリは考えて、また肩を震わせた。 「キラ・・・・その私に似ている親友とやらは・・・男、なんじゃないか?」 「そうだけど・・・それがどうか、した?」 「つまり、お前は言外に私を男と・・・」 震えた声で続けるカガリの目は据わっていた。何気に触れてはいけない雰囲気をかもし出している。 キラはカガリのいきなりの言動の意味がよく分からなかったのだが、徐々につかみ始めた。そし て、あわててカガリの機嫌を直そうと 弁解することにした。 「ち、違うよ。カガリが男っぽいのは事実だけど、彼とカガリは雰囲気が似てるんだ。内面的な部分が似てるんだよ」 「・・・ちょっと気になる部分もあったが・・まあいい」 「だから君の傍は楽なんだ。彼に似ていることだけじゃないけどさ」 キラは優しく微笑みながら自分の頼んだ紅茶を一口飲んだ。カガリはキラの何か含みのある言動 に一抹の不安を感じないでもなかったが、あえてその感情を切り捨て同じようにこちらはサンド ウィッチを口に運んだ。 「さて、ひとまず戻ってまた来るか」 「うん。さすがに今ある2倍はきついからね」 意見が一致したところで2人は、持つのさえ一苦労な荷物を抱え、アークエンジェルへと歩き始めた。 先程とは違い会話は進んだが(先程はあまりの荷物の多さに疲れていたので閉口していた)アー クエンジェルに近付くにつれてキラの表情は硬いものへと変わっていった。口数も減り、笑みさ え消える。この変化を知っているのは実はカガリだけであった。過去何度か買出しに2人 で行ったときに気が付いたのだが、どうやらキラは無意識でそれを行っているようだった。き っと自分の心を守るため、無意識下で実行されているのだろう。 ただ、アークエンジェル内でもカガリと2人きりのときは極たまにだが笑うこともある。なんに せよ、未だに掴みきれない不思議な少年とキラはカガリの中で位置づけられていた。 「カガリ、カガリ?」 「え・・・あ、何だ?」 「いや、着いたんだけど・・・何ぼーっとしてるの?」 不審気な表情で荷物を中に運び込むキラにカガリは少々慌てた。まさかお前のことを考えていた、 などとは口が裂けても言えなかった。しかし、事実を隠したり嘘を言ったりすることが嫌で真実 しか言わないカガリの頭には「嘘も方便」などという都合のいいことわざは存在していなかった。 それ故、彼女はなるべくキラを直視しないように返すのが精一杯だった。 考え事をしていた、と。 ■□■ 2人を出迎えた者は2人にとっては嬉しくもない人物だった。 「お帰りなさい、キラ。疲れたでしょう?」 「・・・フレイ・・そんなことないよ。それにまだ残ってるから・・」 「え!?じゃあもう1回行くの?」 先程カガリと話していたときの抑揚さは欠片もなく、ただ話しかけられたから対応する、と いった感のあるキラを横目で見ながら こっそりと息をついた。今キラに甘えるかのごとく話しかけ ている少女はフレイ・アルスター。一応キラの恋人ということになっているらしい。何故「らし い」なのかというと、キラにその自覚がないからである。カガリが思うに、フレイはキラにとっ て「自分を理解してくれる人」の枠から出ていないのだろう。でなければ、キラはここまで無意識 に自分の感情を殺したりはしないだろう。 ――にしてもめちゃくちゃな奴だよな、こいつ そう思わずにはいられなかった。コーディネイターであるくせにナチュラルに味方し同胞と戦う という数奇な運命を持つキラは、傍目から見てもかなりわけのわからない人物であろう。まだ少 年と呼ばれる年齢でありながら、親の庇護下の元暮らしているはずの少年が、 何故このように重た いものを背負わなくてはならないのだろうか・・・と、カガリは極偶に神を責めたくなってしまう。 「ちょっと、買出しくらいあなた1人でできるでしょう!?別にキラを連れて行かなく たって・・」 「今私が持っている量とこいつが持っている量と同じ分、まだ残って いるんだ。それを1人で運 べ、など無茶を言うな!!それに、キラには身辺護衛の意味も兼ねてついてきてもらってるんだ。 何の仕事もしていないくせに文句だけは立派なお前には言う権利はないと思うが?」 明らかに馬鹿にした態度でカガリは言い放つと、屈辱で身が震えているフレイに一瞥し、 荷物を 置きにアークエンジェルの中に消えていった。もともとフレイは何かとキラと仲良く話すカガリに敵意剥き出 しであり、カガリもいい気持ちを持っていなかったこともあり、双方お互いに相手への態度は日 増しに悪くなるばかりであった。 キラは言いたいことだけ言って荷物を置きに消えたカガリの背を恨みがましく見ながら、フレイ への態度を必死で考えていた。この後フレイは十中八九キラに疲弊不満を喚き散らす。いつもな らば大人しく聞くが、いかんせんまだ買出しが半分しか終わっていない。このコロニーに 滞在し ていられる時間にも限りはある。それにザフトのこともある。いつここを嗅ぎ付け奇襲されるか 分からない状況なのだ。 「・・・フレイ、その・・」 「一体何様よ、あの子!!何で関係ないあの子にここまで言われなくちゃいけないのよ!!」 もう遅かったか、とキラは フレイに悟られぬようにため息をつく。フレイの顔つきはまるで鬼女 のように恐ろしくなっていた。こうなってしまえばフレイの気が納まるまで簡単に抜け出すこと ができない。 ――もう・・・本気で恨むよ、カガリ・・・ そしてキラはカガリが戻ってくるまでにこの状況を如何に穏便に片付けられるか頭をフル回転して考えて いたが、いい案は浮かばず結局カガリが戻るまでカガリへのお返しを考えていた。 「おい、もう1回行くぞ!!」 「ちょと、キラは今私と話してるんだから!! 勝手に連れて行かないでよ!!」 「別にキラはお前の所有物じゃないだろう?それにこれは艦長命令でもあるんだぞ!!」 「そんなこと関係ないわよ!!」 「・・・・お前なあ、仕事1つも貰えていなくとも一応は軍人なんだろう!? 艦長の命令は上官 の命令であって下士官のお前にとっちゃ絶対だろう!!」 呆れた表情でカガリはフレイにそう言うとぼーっと突っ立っているキラの腕を引っ張りながら押し 黙るフレイにとどめの1発とでも言うように言い捨てて街の方へと消えていった。 「とんだお嬢様だな・・・こんなだから邪魔者扱いのように仕事が貰えないんじゃないのか?」 「な!?」 後ろで喚くフレイなど何処吹く風、のような態度でまるっきり無視し、カガリは無言でキラを 引っ張りながら歩を進めるのであった。 街につき、キラの腕を漸く放したカガリは不満そうな表情をしているキラを見て自然と笑みが こぼれた。 そんなカガリの態度にキラの機嫌は益々悪くなり明らかに意図的だと思えるような大きなため 息をつき口を開いた。 「一体全体どう責任取ってくれるの?カガリの所為でフレイの機嫌はすこぶる悪い。というこ とはぼくにその火の粉が降るんだよ!?」 「別にいいじゃないか。ああでもしないとあいつの所為で買出しが今日中に終わらなかっただろう?」 「まあ、それはそうだけど・・・ でも、もう少しやり方ってものが・・・」 「とにかく!!早く買い出し全部終わらせてアークエンジェルに戻ってあいつの機嫌取りでもす れば万事解決だろ!!」 「そんな、無責任すぎ!!元はといえばカガリが・・・」 「はいはい、とにかく急ごう!」 言い募るキラを強引ではあるが言いくるめて2人は街の人ごみへと紛れていった。 それは、まだ何も知らず、思い出していなかったときのわずかな安らぎ・・・ BACK HOME NEXT |