■第2章〜ずれる歯車〜■ 同胞の無念を晴らすのは、想いを継ぐのは、彼らと一緒でなければならない。 けれどまだ彼らは思い出してはいない。 その魂に記された記憶を、葬り去られた我らが一族の事を・・・ 「私がやらなければならないのは復讐劇の舞台を整えること・・・。彼らの記憶が戻った時に動き やすいよう・・・」 そう、彼らの思いは少女と同じもの。それは「予想」でもなく「確信」。 その為ならば少女は、ラクスは何でもする。 ラクス・クラインであり違う存在でもあるラクスに、恐れはない。たとえその身を業火に焼かれ ようとも厭わない。それだけの決意がラクスの中には在った。 「さあ、まずは私が彼らの許に行かなくてはなりませんわね・・・」 そう呟くと、ラクスは天然で争いの嫌いな「ラクス」の仮面を被る。争いは元々嫌いだ。しかし これからはそうも言っていられない。 復讐劇―――それが指し示すのは、結局は嫌悪している争いでしかないのだ。 あの無念は、痛みは、自分たちに託された思いは嫌悪しているはずの争いさえも我慢できる心を与える。 「平和を望むがゆえに滅ぼされてしまったのならば・・・私たちが、この手を罪で汚してでも無 念を晴らすことはきっと喜ばれる事ではないでしょうね・・・」 自分の手を見つめながらラクスは感慨深げに見つめながらため息をつく。 これから自分が成す事は、彼らと共に成す事は、コーディネイターと呼ばれる者たちにも受け入 れられかねないことだ。しかし、それが1番良い方法だと告げる声が頭に響くのだ。 全ては同胞の無念を晴らすため。 そして、平和で誰もが対等に生きることができる世界を創るため。 ラクスは決意を瞳に込め、部屋を後にした。 向かうのは、ここまで育ててくれた優しく聡明な父でありザフトの、プラントの最高評議会議長 でもあるシーゲル・クライン、その人の許だった・・・。 ■□■ 無事に補給も済み、大西洋連邦の基地に順調に向かっていたアークエンジェルには、緊張と焦りが走っていた。 無意識下の中で感じるこの凄まじいほどのプレッシャーはいったい何なのだろうと、誰もが抱き、 口に出せない思いがクルーたちに渦巻いていた。 「・・・・・なんであなたも一緒に行くの?」 「別に私がついて行ったってかまわないだろう?それとも問題でもあるのか?」 「そ、それは・・・・」 「ないのなら別にいいじゃないか。私は私の意志でここにいるんだ。お前と同じでな」 そう言って、カガリは返せないで悔しそうな顔をしているフレイを見て、ブリッジを後にした。 残された者は自ずと肩の力が抜ける。別に意識したわけでもないのに、だ。 それほどまでに、彼女たちの静かなる言い争いは鬼気迫るものが・・・いや、かなりのプレッシャーを 感じさせるのだ。先程も言ったが。 「・・・なんなのよ、あの子・・」 本当に、心底悔しかったのか、凄まじい顔つきのフレイの呟きを聞いたブリッジの面々は、お前も だろう!!とついつい心の中でとはいえ、つっこんでいた。 ことは数日前に遡る。 ザフトの攻撃にあった折、被爆したアークエンジェルは中立国オーブの本土へと運良く入ること ができた。そしてその際カガリの秘密が白日の下に晒されることとなった。 そう、中立国オーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハの娘であるカガリ・ユラ・アスハがカガリ本人 だということが・・・。 『私は・・・私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!』 瞳に涙をためながらも、彼女はこのアークエンジェルを守るため、今まで隠してきたことを大勢 の前で明かした。何が彼女をそこまでさせたのかと、つまらぬ事を考える輩もいたが、アークエ ンジェルのクルーたち、特にブリッジでの活動が多いクルーたちは、カガリの勇気ある行動に感 謝の気持ちでいっぱいだった。それはパイロット、つまりフラガとキラにも言えたことだった。 あのまま戦闘が続けばアークエンジェルは確実に沈んでいた。クルーたちも、その命を共にする ところだったのだ。 クルーの皆は、彼女に尊敬を抱いている。しかし、その気高き身分に身がすくんで、お礼さえま まならないのが現実だった。艦長のマリューは暇を見て御礼を言ったが、逆にこの艦の乗船許可 をくれたことで礼を言われてしまった。他の、主にブリッジではたらいいるメンバーたちでさえ も何らかの形でお礼を言い、また彼女の話で盛り上がることもしばしばあった。 何も言わないが、ナタルもカガリには尊敬にも似た思いを抱いている。 誰しも人には言えないことが必ずある。カガリにとってのそれは『カガリ・ユラ・アスハ』の名前で はないかと、ナタルは考えていた。アスハの名はこの世界で知らないものはほとんどいないだ ろうと思われるほど、知られている。 中立国という国を創り、統治する王。ナチュラルにもコーディネイターにも光となった。戦争 が起こる前までは・・・ それまで、中立国にもそれなりのコーディネイターはいた。今でこそほんの僅かだが、オーブと いう国は、争いを嫌い、共存を願う人々にとっては憩いの場所であったのだ。 そんな国の代表の名を受け継ぐ彼女は表面では見えないが様々な困難や苦しみがあるだろう。お 偉方からは「姫様」と慕われ、いつかはその国を治める一角になるであろう彼女は、きっと誰よ りも強いのかもしれない。そして、誰よりも悲しいのかもしれない。 まだ遊びたい盛りの子供だというのに、民のことを考え、即行動に移すところはそう褒められる 事ではないが、何時死ぬかもしれない戦いに身を投じる。そんな彼女には凄いという評価しかで きなかった。 そして、それはストライクのパイロットであるキラにも言えたことだった。 争いを好まず、両親がナチュラルということもあったがヘリオポリスという作られた平和の中で 穏やかな時を過ごしていた少年。戦争という名の狂気に巻き込まれ、気づけば同胞の血で自らの 手を染めている。まだ宇宙にいた頃見ていた心和む微笑も、今では見ることが出来なくなってい る。それは、キラの精神状態が悪いことをさしている。それでもキラに戦いを強いることをして いる特に最初から軍人だったものは、消化しきれない、やるせない思いを抱えている。 キラの友人たちでさえ、キラとここ数日会話もろくにしていないというのが現状なのだ。幸か不 幸か、キラの傍にはいつもフレイがいる。このことで彼の傷が少しでも癒えればいいと、ナタル は密に思っていた。 「まったく・・・・あの女は私のやることなすこと全て気に食わないようだな」 「そんなに気にすることないんじゃないの?」 「お前なあ。ことの重大さが全く分かってないだろう!?」 「そんなことないよ。カガリとフレイが揉める度に2人とも必ずぼくに愚痴を言うじゃん。カガ リは整備しながらでいいけどフレイの場合は中断させられるんだよ?」 ストライクのコックピットから顔をひょっこり出しながらキラは不満顔で訴えてきた。 今、キラとカガリは自分たちが乗る機体の整備をしている。キラの乗るストライクは、OSなど その他もろもろの関係から、キラが自分で整備することが常であったが、カガリの乗るスカイグ ラスパー2号機はアークエンジェルに乗る整備士の面々が整備をする。カガリはめったに整備を しない、いや、させてもらえないのだ。理由は不明だが、しようと思っても何らかの邪魔が入り 結局は出来ずじまいで今に至る。 そして、今日はキラの監視の下初めての整備をしている真最中だった。 「・・・それでよくさっきの言葉が言えるな」 呆れながら動かしていた手を止め、顔を上げる。そうしなければキラの顔は全く見えない。 「だってさ、カガリが言い返したりしなければぼくへの被害も小さくなるんだ」 「結局はそこか!!!」 思わず叫んでしまうカガリに、キラはなんとも楽しそうにクスクス笑いながら、カガリ曰く悪魔 の微笑で返したのだった。 「当たり前じゃないか、ぼくのストレスが溜まる原因の一つでもあるんだから」 この言葉にカガリが自分の立場(キラがストレス解消のために苛める)を思い嘆いたのは言うま でもないだろう。 数時間後。 2人はあらかたの整備を終え、食堂で遅めの夕食を取っていた。 普段、あまり食べないキラも、今日ばかりは空腹感に見舞われたようで普通の者に比べれば少な いものの、今の彼にしては良く食べていた。 それもこれも、カガリのおかげだった。 彼女が何故整備を出来なかったのか。 それは、ふたを開けてみると本当につまらないことだった。いや、整備士の者たちにとっては決 してつまらないことではないだろう。 なんと、カガリは究極的な機械音痴であったのだ。 それに以前気づいたマードックは大切な機体が戦闘でもなく整備の所為で壊れるのは許せない、 と思いカガリには何かしらの理由をつけてなるべく触らせないようにしていたのだ。 しかし、いくら彼女が無知なところがあるといってもそうあからさまにやられると、こう、疎外 感を感じてしまい無性にやるせなくなる。日に日に落ち込んでいくカガリを見かねて、キラがマー ドックを説得し、キラ同伴の許整備をすることに許可下りたのだった。 しかし、カガリの機械音痴はキラの想像をはるかに超えていた。 何度言ってもエラー音を轟かせるカガリに、キラは声を張り上げて指導(?)していた。 結果、5時間弱というただのOSチェックにしてはかかりすぎるくらいの時間を費やし無事生還 したのだった。 そんなわけでキラは今いつも以上に腹が空腹を訴えていた。おそらく声を張り上げたからであろ う。精神的にも身体的にもダメージを被ってしまったし・・・。 「何だ?そんなに恨みがましく見て」 「恨みがましく見てもぼくは許されると思うよ。ていうか。何であそこまで機械音痴になれるわけ!?」 信じられない、といった様子でキラはスプーンをぎゅっと握り締める。 言われたカガリは気まずそうな顔をして、視線を彷徨わせている。 キラは目を細めながら先程の出来事を思い出していた。そして、 「ぼくもういやだからね、あんな地獄絵図見るの」 「・・・・・・出きるだけ努力する」 「確実にしてもらいたいね」 深々と胸に突き刺さる言葉を投げかけられながら、カガリは早くキラの機嫌が直ることを切実に 願った。 ■□■ 翌日。キラとカガリは別に示し合わせたわけでもないのに艦内で唯一の外にいた。 理由なんてなかった。ただ、行かなくてはならないような気がしたのだ。 「1人で来たのか?」 「うん。なんとなくここ人が来ないと思ってたけど・・・・」 「残念だったな。私が来ていて。」 つん、とすねたようにそっぽむくかがリに苦笑しつつ、キラは淡く微笑みながら目の前に広がる 光景に魅入られていた。そして、それはカガリも同じだった。 目の前には、青と白の世界が広がっている。 海の『青』、空の『青』 雲の『白』。 宇宙で見ていた人工のものとは違う、自然からの恵み。 頬をなでる風が心地よかった。 「このごろ・・・・・変な夢を見るんだ」 「夢?」 「そう。とても悲しくて、でも強い人たちの夢・・・・」 断片的にしか見ることが叶わぬ夢だが、日増しにピースは集まっている。 もう少しで真実が見えるような気がしてならなかった。 「・・・・なんか矛盾」 「キラ!!」 言いかけたキラの言葉をさえぎり、聞きなれた声の少女、フレイがやってきた。 うっすら額に汗を浮かべている。どうやら、キラを捜して艦内中を歩き回ったようだ。 カガリがそんなことを考えているなど知るわけもなく、フレイはキラに近付き魅了するような微 笑を向けた。 全ては計画のうち 自分の容姿を十分に引き出せるすべを持ち、女であることを武器にキラに迫るフレイをカガリは 哀れな奴だとしか思っていない。その強引さが、徐々にキラを遠ざけていることに気付かない。 「ここ気持ちいいわね、風も良く通るし。影も出来るし」 「うん、でも・・・どうしたの?」 「何が?」 「だって、フレイ肌がやけるから太陽の下に行くの嫌って言ってたじゃないか。」 「それはそうだけど・・・キラ部屋にいないとつまらないし・・・」 「そう・・・でもぼくもう少しここにいたいんだけど・・・」 「私も一緒にいてもいいでしょ?」 「いいよ。でも本当にいいの?」 「うん」 キラの返事が嬉しかったのか、今までのように魅了する微笑でなく、年相応の無邪気な微笑を浮 かべるフレイを見て、キラはもう戻れない平和を懐かしむのであった。 「私は邪魔のようだな」 これ以上フレイの反感を買いたくないためにカガリが腰を上げる。しかし、思わぬ人物に引き止 められてしまった。 「まってよ。まだいいじゃない、ここにいましょうよ」 「・・・・・へ!?」 「何よ、文句でもあるの?」 そう、言わずと知れたフレイがカガリを止めたのだった。 驚いたのはカガリだけではない、キラもだ。眼を見開いている。あんなに毛嫌いしていた相手を 呼び止めるなんて、どういった心境の変化なのだろうか。2人ともそう思っていた。 「いや、お前から誘われるなんて思ってなかったから・・・」 「別に、ただたまには話してみたいな、って思っただけよ!!」 気恥ずかしいらしくそっぽ向くフレイとそれに優しそうに微笑むカガリを見ながら、この2人は 案外気が合うのかもしれないな、とキラは思った。 これから話に花を咲かせることであろう2人から静かに離れ、キラは艦の後ろにある海を眺めた。 そして・・・・ 「!!あれ・・は・・?」 思わず身を乗り出してみるが、よく見えない。何しろキラがいるのは動く船の中。一方キラが見 つめるのは海に漂う、救命ポット。 もしかしたら、人がいるのではないか、と考えると背筋に悪寒が走った。 別にただの見間違えで済ませればいいのだが、何故かそれが出来ない。何がそうさせるのかよく は分からなかった。しかし、気付いたときには体が勝手に動いており。 後方にカガリとフレイの驚いたような声を聞きながら、キラはブリッジへと急いだ。 「まさか本当に救命ポットとはな・・・」 感心したようにフラガは引き上げられたポットを見た。それは、本来ならば宇宙で使われるはず のもの。それが何故ここにあるのか。 「キラく・・・ヤマト少尉に突然救命ポットが浮かんでいると言われた時には驚きましたけど」 「しっかしよく許したな、引き上げることに」 「バジルール中尉もキラくんには申し訳ないと思っているらしいから、それに、彼女もむざむざ 見過ごせるような性質ではないわ」 微笑みながら、この場にはいないナタルを思う。 今彼女はマリューの代わりにブリッジで待機している。何時ザフトが襲ってくるかも分からない 状況に3人とも抜け出すわけには行かなかったからだ。 「開けますぜい」 心持こわばる顔。敵の罠である可能性もあるのだ。用心に越したことはなかった。 キラも後方で、事の成り行きを見ていた。 カガリやフレイ、他のメンバーは危険だからという一言と、仕事をしなくてはならないことが理 由でこの場にはいない。 そして・・・。 プシューという音ともに開かれる救命ポット。 中から聞こえたのは、少女の声。 「ありがとうございます」 どこかで聞いたことのある声。どこかで見たことのあるような光景。 「ハロ、ハロ、ラクス」 妙なイントネーションで発する手のひらに納まるほどの小型ロボット。 「貴女・・!?」 「嬢ちゃん・・・!?」 鮮やかだが淡い、心を和ませるようなピンクの髪。ふわふわとした印象を持たせる目の前にいる少女。 「ラクス・・・・さん・・・・?」 それは、親友と決別したときに別れた、優しき人。 「あら、お久しぶりですね、キラ様」 ■□■ 割れそうな頭の痛み。 何かが、蓋を開けて出て来ようとする感覚にカガリは立つことも出来なくなっていた。 傍にいたフレイが心配そうに声をかけてくるのを理解しつつも、答えることは出来なかった。 そして、 涙が溢れた。 見つかったのだ、捜していた欠片が。 全ては一つに繋がり、心は求めた。 さあ、舞台を整えよう BACK HOME NEXT |