■第3章〜あふれ出る想い〜■






ラクスがアークエンジェルに乗艦して2,3日が過ぎた。
敵に遭遇することもなく順調な船旅を続けられていた。
あの日以来ラクスはずっと部屋にいるよう命じられていたが、それを守る彼女ではなかった。
ラクスの傍にいるピンクハロはあらゆる鍵を開けられる機能を持っている。
そして幸か不幸か、何も言わなくてもそこに鍵があれば勝手に開けてしまうのだった。



そうして、ラクスは日々部屋を脱走してはキラに捕まるということを繰り返していた。






「また・・・あれだけ言ったのに。部屋出ないでくださいって」
「どうかしたのか?キラ」
「あ、うん。ちょっと部屋に送ってくる。また後で来るよ」
「ああ、お前も大変だな・・・」
「それを君が言うなよ!!」
「まあ、そう硬いことは気にするな」
豪快に笑いながら自分を送り出すカガリにため息をつきながらもキラは目的の場所まで駆け抜けた。





「また、ですか?」
「あら、キラ・・・もう見つかってしまいましたの?」
「見つかってしまいましたのって・・・・ぼく何度も言いましたよね。部屋を出ないでくださいって」
「ですけれどピンクちゃんがいつもお散歩に行きたがって・・・」
「はあ・・・・アスランてばなんでこんな特殊な機能を付けたんだろう・・・・」



思わず。

愚痴られずにはいられなかった。



「ですがこういった機能がついているのはピンクちゃんだけなんですよ」
「そう、ですか・・・」
「ええ、ところでキラはこれから用事でも?」
「ええ。体調を崩して寝ている人物のお見舞いに」
「まあ・・・邪魔をしてごめんなさい。すぐに部屋へ戻りますわね」
「そうしていただけるとぼくも嬉しいです」
「そうですか。では戻りますね」
「あ、ぼくも行きます。また迷われたら堪ったものじゃありませんから」
横に並んでラクスのいるべき部屋に向かう。
もう毎日のこととなってしまった。
天然少女はいつも部屋を抜け出し、キラは部屋へと連れ戻す。
普通ならば両者の間に亀裂が入るはずなのに、逆に心地よいものが二人の間には流れていた。








「だから、さっきまではいたが、今はここにはいないと言ってるだろう!!」
「何で私が来るとキラはいないのよ!!」
「そんなものタイミングが悪いだけだろうが!私に言われても困る」








部屋の外今で聞こえるいい争い。
それは、カガリの部屋からもれてくるものだった。
声から察するに、カガリとフレイが何かを言い争っているのだろう。
キラはそう結論に達するとラクスにその場で待ってもらうよう言ってカガリの部屋の扉を開いた。



「2人とも、声外まで聞こえてるよ・・・」



「キラ!!」
「キラ・・・いつから?」
「たった今。それよりも今度の原因は何?」
慣れたように尋ねるキラに、カガリは不機嫌な声でお前だ、とつぶやいた。
なんとなく想像はついていたので驚きはしなかったが、フレイの視線は痛かった。
「キラ、この頃貴方何してるの?」
「何って・・・普段と同じようにストライクの整備をして・・・それから」
「あのプラントから追われた少女の面倒を見ているのだろう?」
「え・・・う、うん」
「何ですって!?」
「え・・・?」
「何でキラがそんなことやってるのよ!!別にほうっておいてもいいじゃない!!」
「いや、でも・・・」
突然鬼気迫る表情でキラに食い掛かるフレイをカガリは冷めたように見つめていた。
自分の復讐をするためキラに近付き、逆にキラに心奪われてしまった愚かな少女。
ミイラ取りがミイラになったとは、こういうことを示すのだろうか。
あの日、ラクスがこの艦に舞い降りたその日。
カガリはもう、欠けていたパズルのピースを手に入れ、完成させることが出来た。それがもたらすもの悲しみと、憎しみ、そういった負の感情でしかなかった。
そして、その日以来カガリは仮面を付けているかのように表面と内面の感じ方が変化した。
笑っているのに心の中では嘲笑っていたりする。


今もそうだった。
キラに厄介ごとを押し付けて満足したような表情をしているが実際心の中では冷めた目で見ている。





思い出してしまったのだから・・・・
自分が何かを。
皆が何をされたかを。
愚かで傲慢な人々を改めて知ってしまったのだから・・・・








「キラ、入ってもよろしい?」





耳に残る綺麗な声。
扉の付近に立つその人物は優しく清らかな微笑を浮かべていた。





「ラ、ラクス!!」
「ちょっ・・・なんであんたがここにいるのよ!!部屋から出るなって言われてるのに・・・」
「ピンクちゃんが勝手に出て行ってしまって・・・」
申し訳なさそうにつぶやくラクスの言葉はフレイに届くはずもなく
逆にフレイの言葉によってその音はかき消されてしまっていた。
「そんなの言い訳でしかない!!やっぱ、あんたスパイなんでしょう!?」
「ちょっと、フレイ!!」
「何よ、私は間違ったこと言ってない!!キラは騙されてるのよ!!利用されてるのよ!!」
「フレイ!!」
聞く耳持たずになってしまったフレイは憎しみのこもった瞳でラクスを睨みつけ、そしてその腕を強引に引っ張り、部屋を出て行ってしまった。
いきなりの展開に固まってしまった2人はすぐさま状況判断をしてフレイの後を追った。
今のキレようだと何をするか分かったものじゃなかった。
キラにとっては結果的には裏切ってしまった幼馴染であり親友の大切な人でありカガリにとっては悲しみと痛みと憎しみを分かち合うかけがえのない存在だった。






ラクスが部屋に足を踏み入れた途端、理解した。

同じ宿命を持つ物。

そして、すでにその役目を思い出し行動を起こしていることも




憎しみは憎しみしか生まない。

悲しみは悲しみしか生まない。




残るのは更なる悲しみと憎しみと

もう戻ることのない生命。










いきなりブリッジに現れたのは先日保護したプラントの少女と、父親の死から軍人になり平和を求めたはずの少女。
同じ光景が以前にも行われたことはブリッジクルーにとって忘れられない記憶でもある。
心優しい少女を人質にして生き延びようとした自分たち。

さらしたくない醜態。

それがことごとく脳裏によみがえった。



「何をやっているの、アルスター二等兵」
「この子ザフトのスパイよ!!部屋にいろ、って言ってたのに部屋抜け出して・・・」
「だからといってスパイだとは限らんだろうが」
「違いないわよ!!」
「アルスター二等兵!!直ちに彼女を部屋に戻しなさい」
「なっ!!」
「それと、許可なくブリッジには入らぬように」

激昂するフレイに冷静な対応をするマリューは軍人そのもので。
フレイの体は自分の意見が否定されたことにより震えていた。
狂気の宿るその瞳がラクスを捉えたとき、フレイはラクスを力の限り突き飛ばしていた。




「コーディネイターなんか!!!」

「っ!!!」





とっさのことで受け身を取る暇もなかったラクスは傍の壁に思い切り打ち付けられた。
ずるずると崩れ落ちるラクスの体は懸命に痛みに耐え衝撃の大きさを物語っていた。
そして、ラクスの服から転げ落ちるものがあった。
何の変哲もないボタンがついた、小さな機械。
軍人であれば誰もが知っているそれ。








特有の救命信号を放つ機械






「どうやら・・・アルスター二等兵の言っていたことは外れてはいなかったようね」
「そうですね、これはザフトのものですね・・・」




軍人ならばだれかれと信用してはいけない、それが敵軍の方から来たものならば尚更だ。
たとえそれが一般市民だったとしても、まだ幼くか弱い少女だとしても





敵は、敵なのだ。





「ラクス・クライン。貴方の身柄を今から拘束させていただきます」




そう告げられ、ラクスは今まで見せたことのないような厳しい表情をした。
そして、マリューがラクスに近付こうとしたそのとき、ブリッジに足音が響いた。


「ラクス!!・・・フレイ!!」



2人とも全力疾走をしたのか肩で息をしている。
部屋に広がる気まずく思い雰囲気にラクスとフレイに近付こうとする足が止まる。
一体ここで何があったのだろうか
ここまで険悪な雰囲気は滅多にない。
今が戦闘中ならば分かる気もするが生憎違う。
ならば・・・?




浮かぶ疑問の答えを見つけられぬまま動けなくなっている二人に気を取られていたマリューたちの隙をつき、ラクスはキラへと駆けていった。
そして




その唇は重なっていた。




その場が水を打ったかのように静かになる。
時が止まった気がした。



触れ合ったところから何かがキラの体を襲ってきた。

抱えきれないほどの悲しみと憎しみと




平和を求める声を





気が付けば、ラクスは涙で頬を濡らしキラの胸に顔をうずめていた。


そして、悲痛な叫びがあたりを木霊していた。


「思い出して!!!悲しみを、憎しみを、無念を」


一つ一つ胸を打つその言葉


「愚かで傲慢なるものたちの仕打ちを・・・」


何かが自分の中で動き出そうとする


「私たちの宿命を・・・・私のことを・・・みんなのことを・・・」





この想いの正体は・・・・何?





カウントダウンは始まった・・・・・。





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