■第4章〜覚醒〜■ ラクスへの対応は、驚くほど早かった。 キラの胸にすがりつく彼女を、半ば無理やり引き離し、ナタルは捕虜などを収容する部屋へと連れて行った。その間、ラクスは最初こそしたが、抵抗することを諦めたのか、おとなしくナタルに従っていた。 キラは、いまだ何が起こったのかわかっていなかった。 突然フレイがラクスをブリッジに連れて行き、慌てて追いかけブリッジ内へ入ると、そこは緊迫した状態だった。 ラクスの持ち物から現れたのは、ザフトの救命信号装置。 それが意味することは、やはり・・・・・ 皆、考えることは同じようだった。 ラクスは、ザフトのスパイだと・・・。 それはそれで問題だが、今のキラにはもっと重要な問題があった。 ラクスはキラの記憶が正しければ、かつての親友――アスランの婚約者だったはずだ。 将来アスランと一緒になる人・・・・。 それなのに。 ―――なんで僕キスされたんだ・・・・・? 疑問はふつふつと湧き、キラの脳内はパニックの絶頂期を迎えていた。 ラクスからキスされたこともそうだし、彼女がスパイだったらしいということも。 しかし。 彼女と触れたとき、一瞬何かがキラの全身を駆け抜けた。 何か、としか分からなかったが、漠然とした感情を感じた。 悲しみと、恐怖と、絶望。 そして、復讐心。 何かつかめる気がしたが、考えるほどその感情は薄らいでいく。 本当は大切なことだって理解する心がある一方、別に気にすることではないという心がある。 しかし、気にしないようにしようとすると、ラクスの言葉が胸をつく。 『思い出して!!!悲しみを、憎しみを、無念を』 『愚かで傲慢なるものたちの仕打ちを・・・』 『私たちの宿命を・・・・私のことを・・・みんなのことを・・・』 今まで笑顔しか見たことなかった彼女の切なそうな表情。 必死な表情。 キラの心は確かに何かを得たのだ。 切欠を。 カガリの言った言葉で代用するとすれば、 パズルのピースを・・・・ 「・・・・ラ、キ・・・・」 自分を呼ぶ声がしたような気がした。 「キラ!!いい加減気付け!!」 「わっ・・・・か、カガリ!?」 肩を大きくゆすぶられ、キラはようやくカガリが自分の名を連呼していた事実に気付く。 「落ち着いて聞けよ、キラ」 「何だよ・・・・?」 カガリの表情はどこか焦ったように見えた。 そして、つむがれた言葉に、キラは絶句し反射的にブリッジを後にした。 ラクスの元へ向かうために、 フレイを止めるために。 「フレイがキレたんだ。お前がずっとボーっとしてた所為もあるけど、とにかく今にもラクスを殺しそうな勢いで、さっき部屋を飛び出していった」 ■□■ ラクスが入れられたのは、ちゃんとした牢だった。 簡易ベッドがあり、鉄格子がはまっている。 明かりというものはほとんどなく、薄暗い。他にも同じようなつくりの小さな牢があったがやはり使われた形跡はなかった。 「私がここを使う人物第1号ですのね」 「答える義務はない」 「そうですわね・・・・。一つだけいいでしょうか?」 「何だ?」 ラクスは今までの微笑を消して、高らかに言い放った。 「私、ナチュラルは大嫌いですの」 「・・・・・・」 「あなた方が行ったこと全て、私たちは許しません」 「今更だ・・・・・」 ナタルがそう言い放ち、ラクスの前から離れようとしたそのとき、ラクスは小さく呟いた。 常人では聞き取れないほどの小さな呟きを。 「いいえ、これから始まるのですわ。復讐心に取り付かれた末裔の復讐劇は・・・・」 そう、全てはもう動き出しているのだから・・・・。 フレイは、連れて行かれたラクスを探し、彷徨い続けていた。 ただでさえアークエンジェル内は広い。 一乗組員の自分には、ほとんど軍人としての仕事をしていないフレイには、この艦の構造及びどこにどんな部屋があるかなんて、てんで分からなかった。 それでも諦めなかったのは、胸の中を支配する 嫉妬と怒りのため。 いつからだっただろうか。 キラを父親の復讐の道具として利用していたはずなのに、恋焦がれるようになったのは。 何度も違うと思い込もうとした。 自分はサイが好きなんだって。 こんな茶番が終わったら、サイに謝って、自分の気持ちを言うんだって。 けれど、日々キラと共にいて、彼の苦しみを、悲しみを、抱えるものの大きさを知って、 いつの間にか本当にキラの心を守りたいと思っていた。 自分だけを視界に入れて欲しいと願っていた。 だから・・・ 「あのコーディネイターだけは許さない・・・」 キラの傍にいるのは自分だけだ。 自分だけがキラを理解し、抱きしめてあげられる。 フレイは、暗い感情に支配されただただラクスの姿を探した。 キラを奪おうとする、敵を抹殺するために・・・・・・ そして、視界に飛び込んできたのは、普段あまり使われることのない通路から出てきたナタル。 それが意図すること、それは、この先にラクスがいるということ。 フレイは、ナタルがブリッジへとつながる通路に姿を消すまで物陰に潜み、そして、進もうとした。 しかし・・・。 「フレイ!!」 フレイの手をつかみ、どこか怒ったように名を呼ばれた。 邪魔をされたことにフレイは文句を言おうとして振り向き、次の瞬間、目を大きく見開き驚いた。 そこにいたのは、 「キラ・・・・・」 そこには確かにキラがいた。 どうやらここまで走ってきたようで、額にうっすらと汗がにじんでいる。 表情はかなり焦っていた。 フレイはばつが悪そうにキラの会から視線をそらし、俯いた。 キラはそんなフレイの態度に、こっそりとため息をつくと、黙り込んだフレイにささやいた。 「部屋、戻ろう?」 「・・・・・・・・・・」 「何か疲れたし、ね。・・・・フレイは嫌?」 「・・・・・・・・・嫌じゃないわ」 「じゃあ、戻ろう?」 「うん・・・・・」 伸ばされた手をとり、キラとフレイはキラの部屋へと向かった。 キラの頭には、一刻も早くこの場所からフレイを遠ざけることしかなかった。 だから、気がつかなかったのかもしれない。 自分たちを見つめる2つの瞳を・・・・ 何か決意を秘めた、その瞳を・・・・。 |