■第4章〜覚醒〜■ ラクスが捕らえられてまだ一日も経っていないその日、キラはストライクの整備をしながら、突如睡魔に襲われた。 夢を見ており、かなり魘されていたらしい。 起こしてくれたフラガが苦笑しながらそう言っていた。 「いきなりストライクの方から逃げろ、とか止めて、とか嫌だ、とか・・・キラ、お前どんな夢見たんだよ」 フラガから言われた言葉に少々ドキッとしながら、キラは本当に自分がどんな夢を見たのか思い出せなかった。 その場は苦笑しながら謝り、誤魔化したが、もしもこのような状態が続けばきっと問い詰められるに違いない。 キラは、どんな夢を見たかということは覚えていなかったが心辺りはあった。 つい数日前から見だした、胸に鋭い痛みを残す夢。 きっと自分が見たのはその夢だろうと考えていた、 毎晩毎晩飽きることなく繰り返し見ているだろうその夢。 最初のうちはそんなに気にしてはいなかったが、この頃はおきたときに襲われる、あの負の感情が現実の生活にも影響を与えていた。 恐怖と、悲しみと、怒りと、憎しみ・・・・。 キラは考えても答えなど分からないと理解しつつも、考え続けることを止められなかった。 キラの自室にいるフレイはその手に握るものを見つめながら、じっと考えていた。 さっきはキラに見つかり止められてしまったが、このまま何も事を起こさないと、いつかはキラをラクスに盗られてしまうような気がして、気が気でなかった。 こんなにも人に執着したのは初めてなのではないかな、と思いながらも、感情を抑えることは出来なかった。 キラの傍にいて、彼の心を守るのは自分だけ。 彼のことを理解し、抱きしめるのも自分だけでいいのだ。 そのためならば、キラを自分にひきつけておくためならば、フレイは何だってするつもりだった。 悪魔に魂を売ってもいいくらい、キラに恋焦がれていた。 「キラは絶対・・・・誰にも渡したりしない・・・」 自分を奮い立たせるように囁き、もう一度その手に握られているものをじっと見る。 光に当てると反射する、鋭利なもの。 鋭く尖った先端は、きっと彼女の思うとおりに刺し貫けば、簡単に命の灯火など消せてしまう。 不適に笑いながら、フレイは横になり、夜の帳が下りるのを静かに待った。 行動を起こさなければ、何も守れない。 それは、父親の死から得た彼女なりの考えだった・・・。 「キラ、ちょっといいか?」 声をかけられ振り向くと、そこにはカガリがいた。 こんなところに来るのだから、スカイグラスパーの整備をまたしたくなったのかと思ったキラは、苦笑しながら駄目だと言おうとした。 だが、 「別に整備がしたくて来たんじゃないからな!!」 「・・・そうなの?」 「そうだ」 「じゃあ、何?」 「今晩、ちょっと付き合ってくれないか」 「・・・・・・・何を?」 「ちょっと、な。詳しいことはそのとき教えてやるよ」 「そんな・・・」 「お前だって、知りたいだろう?思い出せない夢の内容を・・・」 無表情で呟かれた言葉は、キラの耳にしか届かなかった。 思い出せない夢の内容――――それは、先日から見始めた夢の事を指しているのだろうか・・・? 「カガリ・・・それって・・・」 「知りたければ夜、な。そこでお前が知りたいこと全てを教えてやる」 「・・・・・嘘偽りはないよね?」 「当たり前だろう?私がいつ嘘をついた」 「しょっちゅう」 「・・・・・・・と、とにかく、夜。いいな?」 「うん、分かった。フレイが寝たのを見計らってカガリの部屋に行くよ」 「ああ。くれぐれもばれるなよ」 「・・・・・・だったら、こんなところで言わなきゃいいのに・・・」 「う、うるさい!!!」 顔を真っ赤にしながら喚くカガリを楽しく見つめながら、キラは不思議な夢へと思いを馳せた。 知りたい知りたくないのレベルでなく、知らなければならないような気がする、その夢の正体へと・・・・。 夜―――― キラはフレイが寝息を立てぐっすり眠ったのを確認した後、こっそりと部屋を後にした。 そして、その足でカガリの部屋へと向かう。 約束どおり。 部屋の前に着くと、すでにカガリは扉の前でキラを待っていた。 「カガリ、お待たせ」 「いや、呼び出したのはこっちだからな」 「で、教えてくれるんだよね?」 「ああ、だがここじゃない。ついて来てくれ」 そういって歩き始めたカガリを不思議に思いながら、キラはカガリの後をついて行った。 連れて行かれたのは、捕虜を監禁しておくための牢がある通路の前。 昼ごろにもフレイを止めるためにここに来たキラは、カガリがどこに向かおうとしているのか見当がつき、慌てた。 「ちょっと、カガリ・・・そっちは・・」 「ああ、牢だ。ラクスがいる、な」 「そんな簡単に言うなよ・・・・・って、カガリってラクスと知り合いだったの?」 「いや、違うが?」 「え、じゃあ・・なんで・・・?」 知り合いでもない相手を呼び捨てに、しかも親愛の気持ちも込めて呼べるものだろうか。 キラが不思議そうな顔をしているのに気がついたカガリは、一瞬笑うと先に進もうとした。 「ラクスが全てを教えてくれる」 そう、言葉を残して。 キラは、その言葉に反応し、カガリを見たが、彼女の背中からは何もつかめなかった。 「ラクス、連れてきたぞ」 「あらカガリ。お待ちしていましたわ」 「おい、キラ。何ボーっと突っ立ってんだよ」 「へ、・・あ、ごめん」 キラはあまりにも現実味がなく、夢見心地だった。 今朝だって会話をしたというのに、もう何年もラクスと会っていなかったような気がする。 彼女は、牢の中でも変わらず微笑を絶やすことをしない。いつ如何なることがその身に降りかかろうとも、その微笑が消えることはないだろう。 「こんばんは。ラクス」 「こんばんは、キラ。今日はごめんなさいね」 「あ、いえ・・・・」 「そういえば、これ」 そういって、カガリはハロをラクスに手渡した。 ラクスの手に移ったハロは、いかにも嬉しそうに喚き始めた。 「ハロハロ〜ラクス」 「まあ、ピンクちゃん!!ありがとうございます、カガリ」 嬉しそうにハロと戯れるラクスを見ながら、キラは自然と口を綻ばせた。 そして。 「キラ、夢の正体をお話いたしましょう」 「あなたは知っているんですか?」 「ええ。あれは・・・・・あれは私たちの過去」 「過去・・・・?」 目を閉じると鮮明に甦ってくる。 彼らの姿が、声が、心が。 ラクスは閉じた瞳を開き、キラを向いた。 簡易ベッドから立ち上がり、鉄格子のはめられた扉を開く。 ハロがいれば、どんな鍵も意味を持たない。だからこそ今この場にハロがいることはありがたかった。 牢内から出て、ラクスは迷うことなくキラに近づく。 今まで張り付けていた微笑をも引っ剥がして。 「ラク・・・・ス?」 「キラはもう、思い出しているはず・・。その夢を見ているのだから、思い出しているはずです」 「何を・・言って・・・」 「私たち、クウォメイカーのことを・・・」 クウォメイカー・・・・・ その言葉は、キラの全身を駆け抜けた。 そして、心の、記憶の、扉を叩く。 オモイダセ、オモイダスンダ――― 頭の中に響く声が、繰り返しずっと言い続ける。 「クウォメイカーは争いを拒みました」 一つ 「クウォメイカーは平和を求めました」 また一つ 何かがキラの中ではじけようとしていた。 「クウォメイカーは、傲慢なるものたちの前に、その命を散らしました」 ゆっくりと言葉を紡ぐラクスから、キラは視線を逸らすことが出来なかった。 「クウォメイカーは、私たちに全ての思いを託しましたわ」 パリン・・・・ とうとうキラの中で、封印されていた記憶が解き放たれた。 一気に逆流してくる様々な映像、声、心、思い、それらはキラの全身を駆け巡り、頭痛となってキラを襲った。 そして、キラは意識を手放した。 夢の中でキラが見たものは、同胞の最期。 迫り来る攻撃に、逃げもせず、隠れもせず、ただただその事実を受け止めその命を散らした彼ら。 分かっている、本当は。 こんなこと、彼らが望んではいないということを。 自分たちが願うものは、平和なる世界。争いなど起こらない世界。 それでも・・・・・ 「僕たちは、愚かなるナチュラルどもを許すことは出来ない・・・・・」 ゆっくりと体を起こしながら、キラは自分の傍に座り込んでいたラクスを抱きしめた。 「久しぶり、ラクス」 「キ・・・ラ・・・?」 「これからが本番だよ。君のお陰で準備のほとんどは終わっているのだから・・・」 キラではないキラがそこにはいた。 ラクスはキラの記憶が取り戻されたことを知り、微笑を取り戻すと立ち上がった。 そして。 「全ての駒はそろいましたわ。あとは、もう一人・・・」 「彼ならもう目覚めている。僕が目覚めているのだから・・・」 「そう、ですか。・・・カガリ」 「何だ?」 振り返りながら呼びかけると、カガリは壁に寄りかかるのを止め、こちらに近づいてきた。 「そろそろここでの茶番は終わりにいたしましょう」 それは、カガリがこのアークエンジェルに乗る理由を指していた。 別に戦うのならば自国、オーブで戦うほうがいいというのに、カガリはアークエンジェルに乗っていた。連合の艦に。 「・・・・そうだな」 ばれていたのか、と思いながら、それを口にはせずカガリはゆっくりと頷いた。 そんなカガリの態度に微笑を更に深くしたラクスは、誰に言うでもなく呟いた。 「復讐劇は、今始まったのですから・・・」 舞台はすでに整った 後は人形がその舞台で 踊るだけ BACK HOME NEXT |