■第6章〜偽りの仮面〜■






重いまぶたを開くと、そこは見慣れた、自分に与えられた部屋と同じつくりの天井だった。
必死で頭を働かすものの、目覚めたばかりで霧に覆われたままのキラには、今自分がどこにいるのか分からなかった。


何故、自分が与えられた部屋にいないのかさえも――――


「あ、キラ!!起きたの?」
「・・・・ミリィ・・・・」
「ちょっと待ってて。・・・・・せんせーい」


まるで幼子のような反応を見せるキラに優しく微笑むと、ミリアリアは、いったん室外に出て、そして叫んだ。
それから数分も経たずに、ミリアリアは、見知った軍医の者と戻ってきた。その後ろには、緊張した面持ちのマリューやフラガ、そしてサイがいた。


「ヤマト少尉、気分はどうだ?」
「ェ・・・・別に、普通ですけど」
「そうか・・・・君は覚えているか?部屋で倒れていた事を」
「部屋で・・・・?」

いつもよりもあどけなさを感じさせるキラだったが、軍医が、「倒れていた」と言った瞬間目を大きく見開いた。

それもそのはず。

部屋で倒れた記憶など、キラは有していなかった。
何故なら、これはキラが仕組んだ罠。
覚醒した意識を無意識下に閉じ込め、作業をよりやりやすくする為。
だから、今のキラには、皆が就寝した後カガリを訪ねた事も、その後起こった一連の騒動についても何も覚えていなかった。



「キラ・・・?」
「僕、どうして部屋で倒れてたんだろう・・・?」
「覚えてないのか?」
「うん。ベッドに入ったところまでは覚えてるけど・・・・・」
「そう・・か」


なんとも言えない表情のサイは、キラの頭を軽く小突くとそのまま、部屋の隅へと移動した。
その代わりに、マリューがキラが眠っているベッドの傍に立った。その顔に、今は緊張の色が走っている。


まるで、敵襲時のような・・・・・


「艦・・・長?」

「よく聞いて下さい。2日前の夜、拘束中のラクス・クラインが、本艦より脱走しました」

「ラクスが!?」

がばっと身を起こすが、体が鉄の塊のように重く、しかも全身が筋肉痛になったみたいに、至る所に激痛が走った。
そんなキラをミリアリアが支えつつ、マリューは続けた。

「脱走の切欠は、アルスター二等兵が鍵を開けてしまったこと」

「フレイ・・・・」

「どうやらナイフでラクス・クラインを殺そうとしていたようです。今は処分を与え拘束中です」

「・・・・・・」

沈んだキラの背を、赤子をあやす様に優しく叩きながら、ミリアリアは重い口を開いた。

「もう一つ。・・・・・カガリさんが人質として連れて行かれたの・・・」

「カガリが・・・・人質!?」

ラクスの脱走、フレイの行動に引き続き、キラは驚くばかりだった。
カガリは、キラにとってこのアークエンジェルの中で唯一心を許せる人物となりえていた。そして、それをミリィやサイは、どことなく気づいていた。
無論、それを疑問に思う心はなかった。カガリはナチュラルという種族に振り当てられているものの、種族の違いに全くこだわりを持たず、キラに対しても今が戦争中だという事を忘れそうになるくらい普通に接していた。

ある時、偶然見かけた2人のやり取りに、ヘリオポリスでも見たことのないほど楽しそうなキラがいた。
いくら中立の国だからといって、コーディネイターは今のご時世ほとんどいない。そんな中キラは生活してきたのだ。



ごく少数の者たちに、隠れたところで、見えないところで散々罵られたり、嫌がらせを受けたりしながら。



「キラ・・・・・」

「・・・・・うん、大丈夫・・・だよ・・・きっと」

「大丈夫って・・・・」

自分に言い聞かせるように呟くキラにミリアリアは疑問を隠せなかった。
それにどこか確信めいたものも混じっている気がして・・・・。

「カガリは・・・あれでもオーブのお姫様だから・・・」

「あ・・・」

「だから、きっと大丈夫。わざわざオーブを敵に回すようなことしないよ、ザフトも」

「それもそうだな・・・」

「だから・・・きっと・・・・」



ぎゅっとかけられた毛布を掴む。
今自分がどんなに後悔した所で、現状は変わらないのだから。キラが出来ることは、カガリの無事を祈るだけであった。
そんなキラの周りで、彼を悲痛な面持ちで見守る者たちが、無言で立っていた。
ミリアリアだけは、優しくその背を叩いていた。




――さぁ、僕たちもやるべき事を――




唐突に頭の中に響く声がして、キラは強烈な頭痛に見舞われた。
痛みで意識を留めていられないほどだった。


「キラ!?」

突然頭を抑え苦しみだしたキラに、周りにいたものたちは驚く。
今まで普通にしていたのに、と思いながらも、てきぱきと診察する軍医を見つめるしか出来なかった。
診察を一通り終えた頃、キラの意識は沈んでおり、軍医は気難しい顔で何かを考え込むように呻いていた。その表情で、キラの身に何か悪いことが起きているのではないかと皆心中穏やかではいられなかったが、軍医の言葉は予想に反したものだった。

「疲労が溜まっていたようです。多分その反動かと・・・」
「そう・・・ですか・・・」
「よかった・・・悪い病気とかじゃなくて・・・」

ミリアリアとサイの緊張が解けたような顔を見ながら、軍医は出しかけていた言葉を引っ込めた。
こんな事を言ったって、不安を煽るだけだから、確固たる証拠はないのだからと。
しかし、予想に反してフラガは軍医がまだ全てを話しきっていないことに気がついた。だから、目線でマリューに合図し、促した。
子供たちをこの部屋から退出させる事を。
その意思が無事伝わったらしく、マリューは軽くうなづくとさり気なくミリアリアたちに言った。

「そろそろ仕事に戻りましょう」
「あ、はい」
「分かりました・・・・艦長たちは?」
「私たちはもう少しだけ彼について話を聞いてから戻ります。何日休ませればいいか私だけじゃ分からないからね」
「はい。じゃぁ、お先に失礼します」
「失礼します」

頭を下げ2人は退出していく。
それを見送った後、マリューは厳しい表情で軍医を見やった。フラガも同様で。
軍医はその視線に何かを逡巡しながらも、これは私の予想ですが、と前置きしながら子供たちの前では言えなかった事を話し出した。




「彼は・・・・キラ・ヤマトは、コーディネイターでもナチュラルでもない、別の種族なのかもしれません・・・」






■□■






キラが再び意識をなくした頃、アスランたちはカガリに艦の中を案内していた。
本当ならば動かないといけないのだろうが、如何せん計画の参謀でもあるキラが、まだこちらにもいない上向こうでの作業を終わらせたという合図すらないのだ。
カガリとラクスがこちらに戻ってきて、すでに2日は過ぎていた。あのキラのことだから、アークエンジェルのプログラムを掌握することなど朝飯前だと思うのだが。
何か彼の身に起きたのでは、と心配する心もあるものの、手出しが出来ない以上、何も出来ないに等しい。そんな状態で心配するだけというのも馬鹿馬鹿しいと判断した彼らはのんびりと過ごしていた。


「なぁ、ここは?」
「ああ、ここは俺たちパイロットが着替える場所。軍服からパイロットスーツにね」
「アークエンジェルより広いですわね」

感心したようにラクスがそう言うと、アスランは呆れながら比べるな、と言いたそうな表情でラクスを見やった。
カガリはカガリで、アークエンジェルとは確かに作りの構造が違うその部屋を面白そうにのぞいていた。


ボーっと見ていたカガリだったが、突如として全身に言いようのない痛みが襲ってきた。しかも、足はがくがくと震え、立っていることさえままならなかった。



「・・・・アスラン」


囁くように小さく、だが、相手は気づいてくれると思いその名を呼び、カガリは意識を手放した。


微笑みあいながら、一触即発の雰囲気になっていたラクスとアスランだったが、カガリのその緊迫した声に何事かと思い見ると、そこには壁にその身を預けながら座り込んでいるカガリがいた。
意識はすでに落ちているようだった。

「アスラン・・・」
「ああ、兎に角今は部屋へ連れて行こう。多分、キラもこの状態に陥ってるんだと思う」
「ですわね。これは・・・・私たちの一族特有の・・・」
「それもあるけど、キラの場合は記憶をもう一度意識下に落とそうと思ったんじゃないか?」

キラのことだから、きっと何日もナチュラルと共に過ごすことは我慢できないはずだ。それでは計画が台無しになる。

だから、罠を仕掛けた。

準備が整うまでの期間限定で。


「キラなら確実にやります」
「ああ。だがまさか2人が共感能力を持っていたとはな」
「あら、おかしくはないでしょう?頭の中だけで会話できるんですもの」
「それは俺たち4人の間だったら全員出来るだろ?」
「今は使えませんわ。兎に角、御2人は双子なのですから、繋がりは強いですわ」


「・・・・・・なんか嫌だな」

「同感ですわ」


アスランは倒れたカガリを横抱きにして抱えると、そのままその場を後にした。続くようにラクスもふわりと飛び出すが、視線を感じて振り向く。全てを射抜くかのように見るが、すでにあるのは気配の残り香。
誰とも分からぬ立ち聞き者はどこかへと移動した後だった。



「困ったことになったかもしれませんわね・・・」



何の感情もないその顔で呟くと、今度こそラクスもその場を後にした。








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