■第6章〜偽りの仮面〜■ 真っ暗な・・・・ひたすら真っ暗なその場所。 光は何もない。それなのに、前を見ることが出来た。道がある事を知れた。 「ここ、どこ・・・・・・?」 口に出しても、木霊するのは自分の声。 他に誰の気配も、感じられず、ただ一人、キラはそこに存在していた。 そのまま立っているわけにも行かず、行く当てもなく彷徨っていると、頭の中に声が響いた。 ―――紛れもない、自分の声が ―――これ以上先に進んじゃ駄目だよ――― 「誰!!」 ―――僕は君。君は僕の一部。早く戻りな――― 「僕が・・・君の一部?・・・・何わけの分からないこと・・」 ―――僕のために、早く戻って。僕らが本来あるべき場所に戻るためにも――― 「本来あるべき場所・・・?」 頭に響く声の言っていることはキラにはさっぱり分からなかった。 だが、その疑問をぶつける暇も無くキラの意識はどんどんそこから引き離されていく。 体に走るその衝撃で目を開けておくことさえ出来なくなったキラが、次に視界を開けたときに飛び込んできたものは見慣れた天井だった。 「あれ・・・・・?」 きょろきょろと辺りをうかがうが、周りには誰もいない。 真っ暗な、どこまでも続く真っ暗な場所にいたはずなのだが、今キラがいるのは光に溢れたアークエンジェルの医務室。 人の気配はしないので、軍医は丁度席をはずしているのだろう。 「何でここにいるんだっけ・・・?」 記憶の糸を手繰り寄せながらキラはベッドから抜け出す。 いつも自分の傍にいるロボット鳥を探しながら、甦る言葉があった。 『ラクス・クラインが脱走しました』 マリューの厳しい声が頭の中で何度もリフレインし、キラは動きを止めた。 「そうだ・・・ラクス・・が、ここからカガリを人質にしていなくなったって・・・・」 それをさせてしまったのは、フレイが彼女に向けた憎悪の所為。ラクスに殺意を向け、牢から出した事により起こってしまった事だった。 そのフレイも、今はどこかで拘束されている。 「・・・・・・どうすればいいんだろうね・・・」 何が起こっているのかわからない。けれど、確実にそれは自分の周りで起こっていた。 ようやく体力も取り戻し始めた頃、キラは遅れを取り戻すかのように、整備などの雑務に時間をとっていた。軍医には、無理をしてはまた同じ事を繰り返す、と言われたものの、何もすることなくただただ時間を過ごすことは出来なかった。 信じたくはないが、ラクスがスパイとしてここに来たとすると、その目的は十分果たされている。 何度も何度も与えられた部屋を抜けだしていたのだ。アークエンジェル内については、すでにザフトの知る所となっているだろう。ならば、今ここで自分が床に臥しているわけにはいかないのだ。 これから益々攻撃は激しいものへとなっていくはずだから・・・ だからこそ、自分の機体だけでも整備は欠かせてはいけないないのだ。あの機体を操れるのは、この艦にはキラだけしかいないのだから。 部屋中にキーボードを叩く音が広がる。 カタカタと、キラしかいないこの空間に、音はそれだけしかなかった。 画面を見ているはずなのに、その瞳に意思を宿した光は見受けられなかった。また、手の動きは、目を瞠るものがあった。 どんどんと画面が切り替わり、文字の羅列は今もなお増え続けている。 その膨大の情報量はどんどんキラの手によりコピーされ、フロッピーへと収まっていく。所々にかけられたプロテクトも、キラの手を煩わせるものにはならなかった。 ピーっと言う音と共に作業が終了すると、キラは入手したデータを収めたフロッピーを片手に自室を後にした。 向かったのは、愛機であるストライクのもと。 しかし、その足取りはおぼつかないもので、見ているものをはらはらさせた。 だが、キラの異変に気づく者はいなかった。そう、誰一人として・・・・・ ―――気づかれては、いけない・・・・絶対に――― ■□■ 「ぅ・・・・・ん・・」 「気がつきました?」 「ここは・・・?」 目の前にあるのは、心配げな少女の顔。 この世界で、気を許すことの出来る人物の1人。 穏やかに微笑みながら、双子の片割れの隣に立つ女性。 「ここは、アスランに割り当てられた部屋の、アスランが使っているベッドの中ですわ」 ガバッ!! 勢いよく起き上がるが、頭がくらくらして再びベッドへバタンキューとなってしまった。 頬が熱を持ち始めたのがよく分かった。きっと今、自分は真っ赤なりんごになっているだろうな、と思いつつも、起き上がることができないカガリは布団に顔をうずめる位しかできなかった。 「あらら、カガリったら、今更照れてますの?」 「う、五月蝿い!!って言うか、なぜ私はここで寝ているんだ!?」 「覚えてないんですか?突然倒れたんですよ」 「・・・・あ・・・・・」 思い出したか、手を叩き納得したように笑うカガリを見て、ラクスはそっとため息を吐くとカガリの頭をぽんぽん軽く叩いた。 その動作の意図にカガリは戸惑うものの、ある事を伝えなければならないことは百も承知だったので、ラクスが何かを言う前に口を開いた。 「キラの準備はすでに完了した。後は、私たちが迎えに行くだけだ」 「・・・・・・そう、ですか」 「こんなに時間がかかったのは、体力を回復させるためらしいぞ」 「・・・・・・そう、ですか」 部屋に沈黙が広がった。カガリが何を言っても、ラクスの返事は同じもの。 流石に気づかないということはなかった。 「・・・・・・・・なぁ、ラクス」 「何ですか?」 「お前、キラと私のつながりに嫉妬していないか?」 何事もストレートに聞くものではないが、それがカガリがカガリである所以であり、長所でもあった。 だが、流石に今のラクスにはそんなカガリのストレートさを笑って流せる余裕がなかった。 カガリが言ったことは、事実のものである。 キラとカガリが、血のつながり、兄妹のつながりとして強いのは理解している。だが、理解していても、納得しているとは限らないのだ。 だから、ラクスも、そしてアスランも馬鹿げているとは思うものの、嫉妬せずにはいられなかったのだ。 それが、人間の性である。 「あ、あははははは・・・・・」 乾いた笑が部屋に響く。 カガリの前で、微笑みながらたたずむラクスの表情は、戦慄を覚えるものであった。 ひたすら後悔しても、今更である。 言ってしまったことはしょうがない、腹を決めるしか、カガリに道はなかった。 だが、見計らったかのように救い主は現れた。 「おい、何をしているんだ?」 「あら、アスラン・・・・・戻ってましたの?」 「ああ、たった今な」 「もう少し遅くてよかったのに・・・・」 「いつカガリが目を覚ますか気が気じゃなかったからな」 笑顔の攻防戦は、尽きることなく交わされそうだった。 真上で、物騒な事をしないで欲しいな、と思いつつも、なかなか口を挟めなかった。なぜなら、口を挟んだが最後、いらぬ火の粉を被ってしまうからだ。それだけは絶対に避けたい。 しかし、人間誰しも我慢の限界は訪れるものである。そして、カガリも例外に洩れず我慢の限界というものがあった。 「お前ら、いい加減にしろ!!!!」 「ぇ・・・・」 「あ、すまない」 カガリの一声で、やっと毒舌戦をやめたものの、尖った空気は納まる事はなかった。 勿論、それが気の許している証拠ではあるものの、機嫌を損ねているらしい2人にとって、最早毒舌戦はストレスの発散法でもあるらしかった。 カガリが油断した隙に、また始めるくらい、彼らのストレスは溜まっているようだ。 「アスランてば、カガリには素直なんですね」 「ラクスがキラに素直なこととなんら変わりないが?」 「そうでしょうか」 「ああ、そうだ」 また止めなくてはいけないのかと思うと、納まった頭痛がぶり返してくるような気がしてきた。 被害妄想だ、と言われようと、カガリは本当に痛み出した頭を抱えて布団に再度うずくまる。 「どうした。カガリ?」 「大丈夫ですか?」 カガリの再度の異変に気づいた2人は、流石にじゃれてる場合ではなくなりカガリを気遣う。 「大・・・丈夫・・・・多分、キラの催・・・促だと・・・」 「キラの準備はもう整っているのか?」 「先程カガリがそう言ってましたわ」 「じゃあ、丁度いいな」 「何が?」 だんだんと引いてくる頭痛のお陰で大分楽になったカガリの疑問に、淡く微笑みかけると、アスランは静かに告げた。 「足つきへの攻撃を今から3時間後、1700に行う」 |