■第6章〜偽りの仮面〜■






艦内に響き渡る警報に、キラもまた急いでいた。
軍から支給された制服からパイロットスーツに着替え、ストライクへと走る。
すでにフラガは待機しており、いつ出撃してもいい状態だ。キラも本来ならばそうでなければならないのだが、如何せんドクターストップをかけられていたのに、無理やり出てきたのだ。
この戦闘が終わり、無事戻ってきたときの事を考えると、思わず目を逸らしたくなるが、キラは行かなければならなかった。



―――それは”友達“を守りたいから?・・・・それとも―――



突如頭に響く声。
投げかけられた質問に、キラは思わず足を止めてしまった。
自分は友達を守る為に戦う。それは迷うこともない事実。それなのに、今キラの心は大いに乱れていた。迷いが生じていた。
足取りが、一歩一歩と遅くなっていく。
こんなこと考えてはいけない、と頭では理解しているものの、実行に移せずにいた。
後から後から湧いてくる疑問の嵐。



ドウシテボクハ、タタカッテイルノ?



以前では、考えもしなかった感情。
しかし、今はそれがキラの心をいっぱいにしていく。


「僕は・・・・何を考えて・・・・!?」


こんな事を考えるだなんて、自分を信頼してくれている友に、仲間に失礼極まりない。
キラは自分自身への怒りから力任せに拳を引き上げた。


ガンッ


鈍い音が当たりに響き、そして、キラが殴りつけた壁・・・いや、扉が開いた。
よもや、こんなところに扉があるなんて誰が思うだろうか、と考えながら、興味本位で中をのぞくと、そこには拘束されておりここ数日顔を合わすことのなかったフレイがいた。
「フレイ・・・・」
「・・・キラ?」
「ここに、いたんだ」
「・・・・・何してるの?ザフトが責めてきたんでしょ?」
フレイと言葉を交わすたびに、何故だかキラの心は陰りを見せていく。
「早く行って、やっつけて。私の為にやっつけて!!あなたの心は私が守るから・・・」



あぁ、なんて自分本位極まりないんだろう、この女は。

彼女が何かを喋る度に、暗い感情がどんどん生まれ、広がっていく。

全てを否定しておきながら、自分の事に関してはそれを許容する。



何かを彷彿とさせた。
どこかで、味わったことのある、同じ感情。同じ思い、同じ悔しさ。


そして、憎しみ


「キラ、早く行って!!」


そう、奴らはいつもこちらの気持ちなんて考えてない。ただ争うための道具としてしか見ることはない。
心が在るというのに、それすらも否定する。
ほんの少しの望みでさえ、贅沢だ、と言って踏みにじる。



―――それがどれだけ苦痛か、辛いか、知ってるの?―――



「ねぇ、フレイ・・・最後にいい事教えてあげる」

「・・・・キラ?」

「僕ね、もう2度とここには戻って来ないんだ。そして・・・」

「・・・・・・・」

瞳を大きく見開きながらこちらを凝視するフレイに、満足そうに頬を吊り上げると、キラはまるで内緒話をするかのように顔を近づけ囁いた。



「全てのナチュラルへの復讐が、始まるんだよ。愚かなナチュラルへのね」







ストライクに搭乗し、普段どおり出撃する。前方には、グゥルに乗り空を舞いながらアークエンジェルに攻撃を仕掛けてくる4機のモビルスーツ。言うまでもなくアスランたちだ。
キラは、腹を抱えて笑転びたくなるのをぐっと我慢して、アスランの愛機、イージスと向かい合った。


『・・・・・準備はいいんだよな?』

機械越しに聞くその声は、キラと同じように笑いたいのをこらえていることがうかがえた。
流石は我が同士、と思いながらキラも偽ることなく返した。
「うん、ばっちりだよ」

『早く終わらせて戻りたい。カガリの体調が悪いからな』

「あぁ、そりゃあれだけ僕が酷使したらねぇ・・・・」

『・・・・・・キラ・・・・』

「ははは、説教・・ううん、嫉妬から来る嫌味は後で聞くからさ、一応ネタばらしまで戦おう?」

『それもそうだな』

どこか憮然とした節のあるものの、ここでキラに食い下がるのは得策ではないと分かっていた。アスランは通信を一端切り、赤い悪魔の異名を持つ機体で一気にストライクとの間合いを詰めた。


ストライクとイージスの激しい攻防戦が始まった頃、アークエンジェルとスカイグラスパー操るフラガは、他のモビルスーツ、すなわちデュエル、ブリッツ、バスターとの激戦を繰り広げていた。
3対2ではあるが、アークエンジェルは戦艦で、小回りが利かない上に、大きいので、急所を狙い撃ちされやすかった。しかも、小回りの聞くスカイグラスパーとモビルスーツでは、性能の違いが激しくいつフラガが落とされてもおかしくはない状況だった。
普段ならば、フラガを援護する形でキラが傍にいる。しかし、今日に限ってキラは宿敵ともいえるイージスとこちら以上に激しい攻防戦を繰り広げているのだ。きっと、アークエンジェルまで手が回らない状況なのだろう。
いくらキラがコーディネイターといえど、敵も同じくコーディネイター。しかもキラの場合は訓練も何も受けていないのだ。訓練を十分に受けている正規の軍人を相手して、手一杯になることは当然のことである。


だが、しかし。


そんな単純なことすら頭が回らないのだ、戦場というところは。
誰だって、死にたいなどと思いはしない。




『キラ、アークエンジェルが!!!』
通信越しに、ミリアリアの焦った声が響いた。そして、それはキラだけでなく、アスランにも筒抜けで。
激しい攻防戦を繰り広げながら、2人の表情は楽しげなものから硬いものへと変わっていった。


『そろそろいいんじゃないのか?』

「そうだね・・・・でも、沈めちゃ駄目だよ・・・」

『何故?』

「何故って・・・・・当たり前じゃん。アスランもそう思っていたんでしょ?」

『まぁな・・・』

「それでは、茶番劇を終らせましょうか?」

頬を吊り上げ、笑うキラの瞳には、冷たい光が宿っていた。





キラが立ち去った後、フレイは、何が起こったのか分からないまま、その場に座り込んでいた。
フレイを閉じ込めていた扉は、キラによって開け放たれている。今なら簡単に抜け出すことができた。
しかし、フレイはそうしなかった。いや、出来なかった。
頭に響くのは、何度も何度も繰り返されるのは、先程のキラの言葉だった。



―――全てのナチュラルへの復讐が、始まるんだよ。愚かなナチュラルへのね―――



その言葉の意味すること。
それはたった一つしかない。そんなこと考えたくなくて、何度も何度も否定したが、どうしても消すことは出来なかった。
この言葉を継げたときのキラの表情が、瞳が、全身から感じる雰囲気が、全て真実なのだと、物語っていたから・・・・・。


「私は・・・・・私は、キラの心を守るって・・・言った・・・」
――最初はただコーディネイターを殺す道具だった――


「キラは私だけの、私が守るから私だけの・・・」
――いつからか、本当に彼の心を守りたいと思った――


「なのに・・・・・・・・・なのに・・・・」
――キラがコーディネイターでも関係なかった――




「・・・・許さない・・私を裏切るなんて、私を守らないだなんて、許さない・・認めないわ」



愛情と憎悪は表裏一体。

全ては何かのきっかけで一気に逆転する。

そう、一番遠くて、一番近い、人間の持つ感情。




フレイは瞳に狂気を宿したまま、部屋を後にした。向かうのは言わずと知れた、ブリッジ。
唯一敵と戦っているキラとのコンタクトが取れる場所だった。







■□■







全てのものが自分の目を疑った。今目の前で起こった事を、受け止められなかった。
敵も見方も関係なく、まるで時間が止まったかのようにその場は凍りついた。
凍りつかなかったのは、事を起こしたキラと、そのキラを援護するように傍に続くアスランであった。



『キ・・・・・ラ・・・・?』



震えて、かすれて、現実を認めたくないと言わんばかりの辛そうな表情を浮かべるミリアリアの声がした。
他の者は、まだ何も言葉にしない。いや、出来ないのであろう。



いきなりの事で、皆気が動転し、混乱し、認識が追いついていないのだから。




『どういうつもりだ!!!!』

我を取り戻したナタルは、怒りを隠しきれずに、感情のままその思いのたけを怒鳴り散らした。



『・・・・ヤマト少尉、何を考えているの!?』

必死で動揺を隠し、努めて冷静さを保とうとした声でマリューも続く。



『キラ、おまえ何考えてやがる!!』

切羽詰ったように、しかし険のある声でフラガの声が響いた。



キラの愛機、ストライクから発せられた攻撃は、見事にアークエンジェルに致命的ダメージを与えた。
警報音が鳴り響くなか、ブリッジにいる面々は、混乱の渦に巻き込まれていた。
突然敵ではなく、見方から攻撃されたのだ。
今までずっと一緒に戦ってきた、信頼の置ける見方から。




―――――仲間から―――――






『キラ・・・・どうして!?私たち、友達でしょ!!仲間でしょ!?』


ミリアリアの悲痛な声が響く。
きっと彼女は瞳に涙をためながらこの言葉をいったんだろうな、と思いながらも、キラの心は冷めていくばかり。





友達って・・・・?

仲間って・・・・?







「友達?・・・・仲間?・・・・笑わせないでよ!!」



ようやく沈黙を打ち破り、発せられたのは、そんな無常な言葉だった。








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