■第7章〜真実と虚偽の中で〜■






「ここ最近、キラ寝てばかりだな」
「疲れている証拠ですわ。たくさんの休養は必要です」
「しかし、いい加減起きてもらわないとな」
「何か問題でもありますの?」
「・・・・・・イザークがな、ごちゃごちゃ五月蝿いんだ」
「イザーク・・・さまが?」
「そう。早くストライクの顔を拝ませろ、とか本当は怖くて寝た事になっているんじゃないか、とかつまらないことで突っかかって来るんだ」

うんざりした表情のアスランは、思いため息をつくとそのまま自分のベッドを占拠しているキラに視線を向けた。
まるで、天使の様な清らかな顔で眠るキラを、誰が復讐に1番燃えた者だと思うだろうか。
記憶を取り戻し、今までのキラとは全くもって正反対のキラになるまでの憎しみを秘めたキラを理解し、支えあえるのはこの部屋にいる3人だけだ。
そうであると、確信している。いや、確信していたいのだ。

「そうですか・・・・・カガリ、少々お散歩に行きませんか?」
「散歩?」
「ええ、五月蝿いハエを叩くという名目も兼ねてのお散歩です」
「なるほどな。それはすごく楽しそうだ!」

ラクスの誘いの意図を察したカガリは、意気揚々と部屋を後にするラクスの後にくっついて行ってしまった。
眠り続けるキラと2人きりに残されてしまったアスランは、イザークの身に降りかかる災難をその目で見たかったと思いながらもカガリを連れて行ってしまったラクスを恨みがましく思っていた。



「ええっと・・・ここですわね、訓練室は」
「・・・だな。確かにそう書かれている」

アスランに、この間に乗艦した際手渡された地図を片手にラクスとカガリは訓練室と思しき部屋の前で立っていた。
2人とも、戦艦にはふさわしくない出で立ちの少女なので、多くの兵士が2人を振り返ることはしばしばであった。

「では、行きますわよ」
「ああ、存分にハエ退治だ!!」

2人は、思いきりよく扉を開け放ち、部屋の中へと消えていった。
きらりと輝いた瞳を見た者は、幸福にもラクスとカガリ、互いだけであった。



ラクスとカガリが訓練室の前で瞳を輝かせているとき室内では、イザークが盛大なくしゃみを連発していた。

「おいおい、風邪かよ?」
「そんなはずは・・・・・・俺は至って規則正しい生活を送っているぞ!!」
「規則正しい生活を送っているから風邪を引かないなんて事はありませんからね。にしてもコーディネイターってなかなか風邪引かないのに・・・・・。うつしたら怒りますよ、イザーク」
「だから、風邪じゃないと言ってるだろ!!!この腰抜けが!!」
「ほらほら、落ち着けよ、2人とも」

毎度毎度の調子で、ニコルとイザークの間に割って入ったディアッカは、かすかに漏れ出した黒い禍々しいオーラの片鱗を見た・・・・・気がした。
ディアッカに宥められ、怒鳴る気が失せたものの、やはりイラツキは治まらずすでにノルマをこなしたと言うのに自主練を励むイザークの姿があった。
ニコルもニコルで、いつもの事だと自分に言い聞かせながらディアッカと共に呆れた様子でイザークの後姿を見ていた。

「いい加減にしてくれませんかね?」
「だよなぁ・・・・ここのとこずっと俺たち付き合わされてかなり疲れ溜まってるし」
「ですよね・・・。アスランも流石に辟易して逃げちゃいましたし」
「・・・・あれはずるいよなぁ・・・」
「・・・・ですよね。僕たちに押し付けていくんですから」

キラ、つまりストライクのパイロットの看病があるからと言って、突っかかりかけていたイザークから上手く逃げ出したアスランはそのまま足早に自室へと消えていった。
イザークを筆頭に慌てて3人で追いかけたものの、部屋を出る頃には驚異的スピードで廊下の角を曲がるところだった。

「今度何か奢らせましょうね」
「だな!!イザークにも奢らせたいけど、そんなこと出来ないだろうし」
「ディアッカの場合なら、死に目に会いますね」
「だろ?」

分かってくれて嬉しいぜ、とニコルの肩を抱きこんだディアッカだったが、すぐさま蛙が潰れたときにあげるような悲鳴をあげた。
そして、おもむろに体が傾き、ニコルの小さな体に、その体重が圧し掛かってくる。
何事かと思い振り返ると、そこには氷のように冷たいアイスブルーの瞳を更に凍らせ鋭い威光を放つイザークの姿があった。
そして、ニコルが自分を見ていることに気づき、不機嫌全開にして口を開いた。

「何をやっているんだ、ディアッカ」
「・・・・・・ぅ・・・・べ、別に・・・?」
「ここは訓練室だぞ!?兵士が戦場へと投げ出すその身を守る為に日々切磋琢磨し力を身につける、神聖な場所だぞ!!」
「んなの分かってるよ!!!」
「じゃあ、何故そのような・・・・・・」

イザークが最後まで言い切ろうとした瞬間、思い切りよく扉が開いた。
誰だろうといぶかしげに思い、注目するがそこに現れたのは勢いよく跳ねるハロ1体。

「ご無沙汰しております、皆様」
「・・・・・・はじめ、ましてなのか?」
「ラクス嬢!!・・・・・それにオーブの姫!!」
「わお・・・・何しに来たんだよ、こんな場所に」
「遊びに来たに決まってるだろ?」
「そうですわ!!いくら戦艦だからといっても、私たちの世代は今が遊びたい盛りの真最中!!!」
「遊ばずにいられずにいるはずがない!!」

硬く拳を握り締めながら、ラクスとカガリは力説した。

「と言う理由と、個人的理由の為に参りましたの」

「訓練のノルマ、流石に終わっているだろう?」
「そりゃ・・・・終わってますけど」
「生憎だが、お前らの戯言に付き合ってやれるほど俺たちは暇ではない」

言葉を濁し、視線を逸らすニコルとは正反対にイザークは自分の発言の途中で邪魔されたこともあり、相手がラクスとオーブの姫であるカガリだということを念頭から潔く払いのけて敵意丸出しで睨みを利かせてきた。

「では、私たちは個人的理由を遂行することにいたします」
「と言うわけで、イザーク・・・・だっけ?」
「ああ」

「「ついて来てもらおうか(いただきましょうか)」」

有無を言わさない笑顔を浮かべながら、イザークの両腕をがっちり捕まえたラクスとカガリは、イザークを引っ張るようにして部屋の外へと連れ出していってしまった。
残されたディアッカとニコルは、その意外な行動に呆気を取られつつも、イザークが女性に逆らわないという事を知っていてあのような強行に及んだラクスたちに感心するばかりであった。

「まぁ、何されるかは見当つかねーけど」
「命の保障はされてますから、大丈夫でしょう。にしてもラクス嬢もなかなか考えましたね」
「さっき怒鳴られたことは予想外だったみたいで、ちょっとばかし驚いてはいたが」
「それでもイザークが女性に対して反論の意思とか見せないって知っていたって事ですよね」
「まぁ、イザークがエザリア女史に逆らえない事は有名だからな」

いつもパーティなどが開かれる際、イザークの母であるエザリアの傍には、イザークがおり、アスランとその父パトリックとの間にあるような寒々とした空気はなく互いに慈しみ、大切に思っていることがありありと伝わるような、まるで絵画のように美しい家族の像がある。
ニコルもディアッカも、両親との仲は良好だが、イザークの家はその上をいっている。
それゆえに、イザークが女性に対し弱いと言うことも周知の事実だった。

「イザークが目をつけられた原因ってなんでしょうね?」
「何って・・・・・1つしかないだろう」
「・・・・・やっぱあれですかね?」
「しかないだろう」


「「ストライクのパイロットへの悪口」」


意図したわけではないが、声をそろえて同じ事を唱えた2人は一瞬吃驚したように目を大きくさせるが、すぐさま戻り、しみじみと語りだした。

「かなりアスラン辟易してましたもんね」
「今日の逃げ方がいい例だ」
「まぁお蔭でこっちにまで火の粉がかかって来ちゃったんですけどね」
「だけどさ、いい加減起きてもいいはずなのにな」
「ですよね。どこか悪いんでしょうか」
「さぁなぁ・・・結構線の細い奴だったと思うが?」
「・・・・・・でもディアッカ、あの人が目覚めたら・・・・」
「?・・・目覚めたら?」
「・・・・・やっぱりいいです!それより、そろそろイザーク迎えに行きません?多分動けなくなっているはずですから」

喉まででかかった言葉を飲み込むと、ニコルは努めて明るくディアッカを見た。
ディアッカはどこか訝しげな表情をしていたものの、ニコルに話す意思がないのを早々に悟り、イザークを迎えに行くという件について賛同した。
2人は変わり果てているだろうイザークを心配しながらも、口には出せない不安を抱えながら部屋を後にした。



―――あの人が目覚めたら、急激に歯車が転がりそうで怖いです―――



飲み込んだ言葉
それは、あながちはずれと言う訳でもない。




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