■第8章〜闇に潜む心〜■ 全ての情景は、まるで「僕」の存在がないかのように通り過ぎていく いつまでも、癒えぬ傷。 枯れることの無い憎悪。 変わらない、欲望。 滑稽なほどまでの執着。 一つ一つ、それらの全ての感情が 心の欠片が 「僕たち」を形作る。 今、ここに存在るのはただの想いの集合体。 7分の絶望と、3分の希望。 「僕たち」の感情ではなく、今はもういない同胞たちのモノ。 この生に、今まで歩んできた道に、何の悔いも未練も無いけれど それでも、ごく偶に想う事がある。 願う事が、ある。 「僕たち」のしている事は、本当に正しいのかって 全てが終わったとき 「僕たち」が笑えていますようにって ■□■ 「お疲れ、キラ」 「うん。アスランも」 差しだされた手を取り、キラは思い切り下に飛び降りた。 別に、全く飛び降りる必要も無かったが、気分的に飛び降りたかったから飛び降りた。 そういうと、絶対にアスランに笑われるので言わないが、聡明な彼は察しているだろうと、キラはそう思った。 そこは悔しいな、と思うところでもあるけれど。 「大分戦局傾いてきたな」 「そうだね。数で攻めてきている事だけが取り柄なのに」 「ここの所俺たちが計画立てずに撃ちまくったからな」 「まぁ、僕たちの負担が減るから構わないんだけどね」 くすくすと、嬉しそうな笑みを浮かべるキラに、アスランは呆れたよう視線を送る。 キラが、ザフトへ入隊して、数週間が経った。 まだ数週間。されど、もう数週間。 どちらの表現も正しいのに間違っているような気がして。 こう着状態だった、地球連合との戦いも、新たな機体と共に投入された2人のお陰か、プラントが有利になっていた。 数で、ザフトよりも遥かに勝る地球軍に、ザフトは最高の人材と、技術で戦うしかない。 そして、ついに完成したのだ。 本来ならば、過去の悲劇を2度と繰り返さないためにも要らないモノだけれども。 それでも、手に入れたい平和が、かさぶたとならない悲しみが、それを生み出してしまった。 核を用いたその機体で、キラとアスランはほぼ毎日と言っていいほど戦場を駆け抜ける。 そして、死の釜を振り落とすのだ。 「白い悪魔」と「紅の死神」 その通り名を背負って。 「とりあえず、指示出してるみたいな人がいた所、つぶしたから・・・」 「おそらくしばらく出撃命令出ないだろうな」 「そっれじゃ、このまま2人の部屋だね」 「ああ」 整備士たちは、傍から見守りながら、ここが戦場だなんて思えないほど”日常”を繰り広げる2人の遠ざかる背を見送りながら、はっと我に返るまで見つめていた。 「さぁて、と」 「猫被るのも大変だな、キラ」 「他人事だと思って・・・・」 「所詮他人事」 「うわー、アスラン最低」 「何とでも言え」 表情は至って穏やかにもかかわらず、2人の会話は、こう、刺の含まれるものだった。 別にそれは構わない。 2人がただの幼馴染で、キラが正真正銘優しいお人好し人間だと思っている者たちを除けば。 キラは、ザフトに入隊する際、今までどおりでいようと努めた。 そう、お人好しで、コーディネイターなのにおっちょこちょいで、裏では鉄面皮と呼ばれるアスラン・ザラに感情をもたらす人間として。 そうすれば、裏切り者だと罵られることも無い。 足つき、アークエンジェルに共に乗艦した友人の命を盾にとられ無理やり乗らされていたのだと。 今、この「事実」を疑う者は、ザフトにはいない。 キラの件で、コーディネイターがナチュラルに向ける悪意は更なるものと化した。 それはそれで計画が実行し難くなるという恐れもあったが、自分が疑われるよりもいいと判断し、保留とすることになっている。 「そういえば・・・今日はあいつら来てるんだっけ?」 「あいつら?・・・・ああ、イザークたちか」 「そうそう。そんな名前の人」 「確かな。すでにカガリたちの部屋の前ではっていたりしてな」 「やめてよ。ありえるから怖いし」 イザーク・ジュール ディアッカ・エルスマン ニコル・アマルフィ 彼ら3人は、立場的に言うと、プラント最高評議会議員を親に持ち、かつザフトのエリートのみ着る事を許された「紅」を纏う、いわば同僚である。 ニコルやディアッカとは、大分打ち解けてきたものの、イザークとは全く打ち解けていない。 打ち解けるといっても、ただのうわべだけの関係ではあるけれど。 しかも、イザークは何かにつけアスランまたはキラに勝負、もしくは喧嘩を売ってくる。 それはもう、うんざりする位。 そして毎度当然のように敗北し、捨て台詞と共に走り去っていくのだ。 「もうさ、相手したくない」 「そう言うなよ。あいつにも利用価値はあるんだから」 「そうだけどさ。・・・・・一回本気で思い切りのしてみるかな」 「まぁ・・・それもいいんじゃないか?」 本気でイザークをこてんこてんにのす計画を頭に描きながら、2人は迷路のように入り組んだ艦内を迷うことなく進んだ。 後数回曲がれば、目的地であるラクスとカガリがいる部屋へとつく。 戦闘から戻ってきた後、必ず2人のいる部屋に戻るのがキラとアスランの習慣となっていた。 というより、顔を見せないとブリザードを発生させるのだ。 あの2人は。 キラでさえも逃げ腰になるくらい、凄まじいものを。 「今日は何してるかなーあの2人」 「さあ?・・・・無邪気な顔してハッキングでもしてるんじゃいのか?」 「無邪気、かな?」 「無邪気らしいぞ、他人から見れば」 「なんかなぁ・・・・・」 「そんなこといってたら、ラクスに怒られるんじゃないのか?」 「え・・・大丈夫だよ。アスランとカガリじゃあるまいし、そんなことで痴話げんかしないよ」 「・・・・・・・・・・・・余計なお世話だ」 アスランの表情が歪むのを確認すると、キラは意地の悪い笑みを浮かべて更に言い募ろうとする。 しかし。 「キラ・ヤマト!!!」 艦内全体に響き渡ってもおかしくはないと思うほどの音量で、キラは背後から名前を呼ばれた。 その声は、ここの所ほぼ毎日に近いくらい聞いていて。 むしろ聞き飽きて、聞くたびにため息が出てしまうのは仕方の無い事だろう。 隣に立つアスランは先ほどとは打って変わり、面白いものを見つけたかのように笑うだけであった。 BACK HOME NEXT |