■第8章〜闇に潜む心〜■






与えられた部屋にたどり着き、とりあえずはお茶を飲みながらゆっくりじっくり話をすることにした。
本来ならばこういったゆとりは取れないはずなのだが、と思う心がキラにもアスランにもあるわけだが、それを言ったら最後、ラクスに何を言われるか、されるかわかったものではない。確実に口に出しては言えないおぞましい体験をしてしまうことだろう。


誰だってわが身が1番可愛いのだ。
それに、イザークと同じ轍は踏みたくない。


その判断だけが、2人が今の状況に突っ込みを入れないでいる理由だった。






それぞれが好みとするものを良く知っているラクスは、別にそれを面倒だとも思わず、紅茶を注いでいく。


キラにはアッサムを使ったミルクティーを。

アスランにはダージリンを使ったストレートティーを。

カガリにはアールグレイを使ったアイスティーを。

そして自分にはオレンジペコーを使ったアップルティーを。





「はい、どうぞ」
「ありがとう、ラクス」
「いいえ。ですが申し訳ありませんわ、生憎とお茶請けのお菓子はありませんもの」
「ここは戦艦だからな」
「あったらあったで怖いって」


本気で悔しそうに言うラクスに、カガリは苦笑を禁じえなかった。
確かに、こういった紅茶を楽しむのならば、やはり洋菓子も欲しいと思ってしまうのは仕様のないことだろう。ましてや、彼女はそれが当たり前の生活を送ってきたのだから。
しかし、ここは戦闘艦だ。
あるのは、十分栄養がつく食事の材料と、水に、固形食など、兎に角必要だと思えるものだけ。
菓子類はあるはずがない。


「まーまー。全てが終わったらゆっくりするつもりなんだから。ね?」
「・・・・・・・・そう、ですわね」
「じゃあ、本題に入るか」
「ああ。ラクス」
「分っていますわ、カガリ」


にっこりと微笑むラクスは、立ち上がると小型のノートパソコンを持ち出してきた。
ディスプレイに映し出されるのは




見た事のあるような戦闘艦に




3機のモビルスーツ








「これ・・・・は?」
「はっきりと場所は確定できませんでしたの」
「だけど、おそらくは連合の新兵器だと思う」
「その根拠は?」
「この端に、人が映ってますでしょう?」


ラクスが指差した先には、確かに人が映っていた。しかも、2人。
注意してみないと、10人中8人は見落とす可能性が高いと思われる、それ。


「もしかしたら・・・と思って拡大してみましたの」
「ある意味最悪だけど、面白い人物だった」


どんどん拡大され、鮮明になっていくその画面を、キラもアスランも、黙ってじっと見つめた。
そして、2人の人物の顔が鮮明に描き出され、誰だか判断がつくようになった。


そこにいたのは、嫌悪の象徴ともいうべき人物。




「こいつ・・・・・」
「ブルーコスモスの・・・・・」
「ええ、ブルーコスモスの盟主」




「ムルタ・アズラエル」




ブルーコスモス。
ナチュラルを絶対とし、自然の摂理に反した存在としてコーディネイターを批判する過激派たちの集まりの事を指す。


“青き清浄なる世界のために”


この言葉の下、理念の下、彼らは動く。
コーディネイターをこの世から抹殺する為に。
血も涙もない。
女子供でも、全く容赦をすることはない。


その中心人物ともいえるのが、彼。
ムルタ・アズラエル。
若くしてブルーコスモスの盟主であるこの男は、どこまでもコーディネイターを蔑み、嫌悪する。


彼の一挙一動は、昔キラたちの仲間が受けていた迫害を思い出させてしまう。いつの時代にも、こうやって暴挙を取る人物がいる。どんなに時代を経ても、その仕組みは変わらない。
一般論という固定概念から外れれば、すぐに迫害を受け、暴言を吐かれる。
耐えても、認めてくれるのはごく少数で。しかも膨大な時間を必要とする。






「こいつの横にいるのは?」
「分らない。だが、服からして・・・」
「うん。連合の、ナチュラルたちのトップ、だろうね。マリュー・ラミアスたちと同じ軍服を着ているから」
「だな。キラが言うなら間違いない」
「なんて言ったって、ずっとその連合の下士官の服着てたし」
「毎日見ていたもんな、上司としてそれを着ているあいつらの姿を」


からかいの含む言い方に、キラは眉をひそめる。
好きで着ていた訳ではない。
あの頃はまだ何も思い出していなかったし、元来キラの性格は困っている人を見捨てるなんてこと出来ない。
それは、争いを厭うクウォメイカーたち全てが持つ良いところであり、悪いところではあるが。
そして、これは同時に他の3人にも言えることであった。


カガリは、無鉄砲で純粋で、思い込んだら一直線ではあるが、それら全ての行動の根本には立場の低い者や、困っている者たちがいる。
ラクスだって、目覚めるまでは歌姫として、平和の象徴として存在してきたのだ。歌声で傷付いたものたちを癒す、そうやって人々を導いてきた。
アスランに至っては、母親の死に直面し、激情の果てに軍に志願した。しかし、母親だけならば、軍に志願する事はなかっただろう。母親だけでなく、そのほか大勢の罪のない人々の尊い生命まで奪われたから武器を手に取ったのだ。無意識の内の行動ではあるけれど。


全ての記憶を持つ今ならば、彼らは何故自分が立ち上がったのか客観的に省みることが出来、手にとるようにわかる。
他の者たちの行動も然り。




「そんな事はどうでもいいよ。このモビルスーツ何機あるか分かる?」
「現時点で分かっている事は、量産型の種類と、ストライクやイージスといったG、Xシリーズの種類があります。量産型は言葉どおりですが、Xシリーズは3機ですわ」
「3機、か」
「パイロットはやはり・・・・・・・」
「ナチュラルでしょう。・・・・・・・・・でも、何かしらの対策は取ってあると思う。あの男のことだから、結構えげつないやり方でね」
「あれ相手にしないといけないんだよな」
「嫌だけどね。すごく面倒だけどね」


心底嫌だといった表情を見せるアスランは、笑顔で同調するキラに1歩後退した。
これだとストレスが溜まっていくばかりだ、と、キラの身を案じつつアスランは自分の身を案じた。
キラのストレス発散方は、ありがちだが人に八つ当たりすることで多少回復する。人の青ざめた顔を見て満足するという、恐ろしいもの極まりないが。
人の不幸は蜜の味、とよく言うし。
そして、キラは絶対に八つ当たりをラクスとカガリにはしない。これだけは言い切れる。
標的になるのは大体アスランだ。もしくはイザーク。


「いっそのことウィルス送りつけてシステム駄目にしてしまいます?」
「それはちょっと危険だから却下かな」
「ただ進入するだけなら大丈夫だけど、何かを残していったりするのは危険すぎる」
「一応水面下だからな、まだ」
「とりあえず、出てきたらその時はその時で、容赦なく撃破するのみだよ」


どうせ近い内に戦場に出てくるのだ。この機体たちは。
ならばそこで撃った方がダメージも大きくなるだろう。何かしらの特殊機能もあるだろうが、それはそれだ。
間近で体験してみた後で対策を立てても十分間に合う。
自分たちならば。






とりあえず、彼らの動きには目を光らせておかなければならないと結論したところで、突然部屋に通信が入った。
手馴れたようにアスランはそれ出でると、二、三言葉を交わし、通信を切った。そして振り向いた彼の表情には、深刻な皺が刻まれていた。












「ブリッジに出頭しろ、と。しかも4人で」






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