■第9章〜全てが終わるとき〜■






「カガリ、ですか?」
「ああ。あのじゃじゃ馬は君達に迷惑をかけていないかい?」


カガリのことを訊ねるウズミの視線は、どこまでも温かく優しかった。

キラとアスランは知っている。彼女が、カガリがウズミの本当の子供でない事を。キラと共に発見した後カガリのみ引き取ったということを。

それなのに。

ウズミから感じるものは、その事実が嘘のように思えるくらい温かくやさしいものだった。



「・・・・・全く。むしろこちらのほうが迷惑をかけているくらいです」
「ほう・・・」
「あなたが不安に思うことなど、ありません。それに・・・・」
「カガリは、分類的でいうとコーディネイターだから、か?」
「ご存知で?」
「細工をしたのはこの私だからな」


敢えてその言葉を濁したというのに。ウズミはこともなげにそれを口にする。

ナチュラルとコーディネイターの判断を偽造する事は、決して良いことではない。しかもウズミは一国を背負うもの。そう軽々と口に出してはいけないと思うのだが。

そんな疑念に気付いたのか、深い皺を刻み笑みを浮かべたウズミは言った。



「当時、このオーブには頻繁にブルーコスモスが入国していたからな。それが最善だったのだ」
「そう、でしたか」


全てはカガリを守るため。

例え血の繋がらない子供でも、ウズミにとってカガリは本当の子供だったのだ。

プラントで見た、パトリックとシーゲル同様に。



「そろそろ本題に入ろうか」
「・・・・・はい」
「ウズミ様は、我々がここに期待とは既にご存知ですよね?」


知っていなかったらそれはそれで困る。知っているということ前提で話を進めなければ厄介なのだ。時間もない。

切り出したのはウズミだが、キラとアスラン2人の変わり身の早さに、ウズミは少々呆気に取られた。尾瀬時にも威厳のあるようには見えない表情を浮かべた後、漸くそれを元に戻し言葉を繋いだ。



「一応、パトリックたちから。この国の援護のためだと」
「その通り。よかった」
「もし分からないって言われたら、流石に怒りましたよ」
「そうかそうか」


にこやかに笑顔で笑い飛ばす3人であったが、アスランの言葉の意図を理解したキサカだけは笑えなかった。

もしもここでウズミが彼ら2人の訪問の意図を知らなければ、最悪この2人の援護はなくなってしまう。

地球軍に最も恐れられている、この2機の。

その2機を操るパイロット達を。



「僕たちは確かにザフト軍ですが、でも、ここに来たのは自分たちの意思です」
「確かに上層部の打診はありましたが、選んだのは俺たち。まぁ、言われずとも来ましたが」
「ザフト軍のデータベースから、僕たちは脱走者扱いになっていると思います」
「と言いますか、そうなっていなかったらそれはそれで非常に危険な事態なんですけれどもね」


決して不安や迷いを感じさせず、普通のことのように言ってのける子供達は、ウズミにもキサカにも頼もしく映った。

彼らの意図は、きっとどこか別の所にある事は重々承知している。

ただの温情で、カガリの出身国だという理由だけで危険を侵してまで援護に来てくれるわけない。

そのイトを2人に問いたかったが、答えが返ってこないだろ言うということが簡単に予想される。



「地球軍は、何時頃ここを攻めくるのですか?」
「未だ、そこまではわからぬ。だが、もう時間がないことも確かだ」
「現在偵察を向けています。その帰島次第で分かるのではないかと」
「だ、そうだ」


その答えにキラは少し考え込んだ。

果たして、彼女達がここに到着するまでに未だ時間はあるだろうか、と。

彼女たち無しで戦いの決着がついてしまっては元も子もないのだ。

2人が連れてきてくれるだろう人物達抜きでの結末は、予想していない。だからこそ、敵の到着はなるたけ遅い方が嬉しいのだが。

ある意味物騒な事を考えながら考え込むキラを見遣りため息をついたアスランは、キラの姿に疑念を抱くウズミに視線を向けた。



「ウズミ様、お願いがあるのですが」












































「ねーアスラン」
「なんだ?」
「きっちりしっかり分かりやすく説明、してくれるよね?」


オーブの首都近郊の街中を、支給された私服に身を包んで歩くキラとアスラン。

整ったその容姿から、すれ違う通行人たちは必ず2人を振り返る。様々な思念の含まれた視線を一身に浴びながら、キラの表情は澄ましたものだ。

表情のみ、ではあるが。



「観光だろう?そんな事も分からないほど耄碌したのか・・・・」
「僕が言いたいのはそういうことじゃない。なぁんで僕らはこうして観光してるのかな?そんな場合じゃないっていうのに」
「2人が到着しない事には、何をしても中途半端だろう?」


対するアスランの面の皮も涼しげであった。

それはもう、憎たらしいくらい、涼しげであった。

アスランの言葉に、キラの表情がぴくりと引きつる。



「だからって、なんで観光?」
「俺、オーブ初めてなんだ」
「そりゃ僕だって本土は初めてだよ。それが?」
「だから」
「は!?」


思わず顔を顰め、横を歩くアスランに視線を向けた。

しかし、アスランの表情からは何も読み取ることが出来ない。



「アス、大丈夫?」
「人を病人みたいに言うな」
「だって、変だよ。変すぎるよ、アスラン」


まるでねじが抜けたのか、もしくは人を気違いのように見るキラにアスランの表情は険しいものへと変わってゆく。

しかし、そんな事お構いなしにキラは疑惑の目を向けるのを止めようとはしなかった。

2人の視線が重なる。

言葉よりも雄弁な、視線が。瞳が。

そして。

同時に視線は逸らされた。双方顔が引きつっているのは気のせいではないだろう。



「うわっ・・・・・アスランなんかと見詰め合っちゃった・・・・・」
「それは俺の台詞だ・・・・・」
「で、目的は?何か裏があるんでしょう?何探るの」
「別に・・・・。本当に観光したかったんだよ」


アスランの視線の先にあるのは、平和な町。

外で戦争が行われている事実など、夢のような。平和を絵に描いたそんな世界。

疑問が渦巻くキラは、そんなアスランの背中を見つめた。彼の言わんとしていることを悟る為に。





ラクスとも違う。

カガリとも違う。

半身であるアスランの意図を。

彼の思惟を。



「ほら・・・行くぞ」
「あ、うん」


伸ばされた手。

それをキラは反射的に取る。幼い頃からの習慣で身体が勝手に反応するのだ。

習慣というものは恐ろしいものである。幾ら何も知らない、無知な子供時代だったとしても、だ。

普通この年の男同士の友人とは手を繋がないものなのだが、なぜか手を離すタイミングを失ったキラは、そのまま引っ張られるような形で2人は足を進めた。

































「ここ・・・・は?」
「海」
「見れば分かるよ。で?」


何でこんな所連れてきたの、と目で訴えると、アスランはそのまま海に視線を向けたまま、返した。



「俺たちは、宇宙で育ったからな」
「そりゃそうだ。この時代のコーディネイターが地球にいたら、命が幾らあっても足りない」
「人は海から生まれた・・・・って言うじゃないか」
「・・・・・・・そうだね」


宇宙にいた頃だって、海を目にした事はある。

まあ、ホログラムではあったが。

その時アスランは何も反応していなかったのだが。どうしたことだろう。

キラは、先程から彼の行動パターンをつかめずにいるような気がした。

それは何となく。

嫌だった



「本物見れてよかったよなぁ」
「・・・・・アスラン?」
「さて、と」


伸びをして、潮の香りを充分に満喫して。

アスランは行こう、とキラを促した。



「本当の、目的地に」


そう、言って。









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