■第9章〜全てが終わるとき〜■






てくてくと進む。半歩先を歩くのはアスラン。半歩後ろを歩くのはキラ。

てくてくと。

2人の足音は時に揃い、時に不協和音を奏でる。

しかし、それ以外の音はなかった。歩く間2人は終始無言で。

目的地を知るのはアスランのみ。キラは目的地を知らされないまま歩くだけ。彼について行くだけであった。

辺りを見れば、やはり平和としか言いようのない光景。つい先日まで場所は宇宙であったが自分もこの景色の中にいたのだ。

そう思うとどうしてか、笑えた。

泣きたくなった。

別にあの時が恋しいわけではない。

しかし、懐かしい。

穏やかに、緩やかに時は進んでいた。

欲しいものは何でも手に入ったし、人の命の重さなんて、よく考えていなかった。

外ではコーディネイターとナチュラルが戦争していた。しかし、それは他人事で。

ぶっちゃけ真実味がなかった。まるで、映画を見ているかのように聞いていた。大丈夫かな、と被害を受けた地の住民達を心配する反面、鷹をくくっていた。

自分たちは安全だと。

中立のこの地が、中立の自分たちが、戦争に巻き込まれることがない、と。



今思えば、なんて傲慢で、哀れなのだろうか。

平和は脆くも崩れ去った。

続くはずだった安全は、知らず巻き込まれた戦争で失われた。



そして、時を待たずにこの地も。

戦争に巻き込まれる。

しかし、まだこの地に住まうものたちはそれを知らない。

以前までの自分と同じように、平和を信じている。安全だと鷹をくくっている。



それが哀れで、こっけいに見えた。

胸が痛んだ。



「キラ?」
「え・・・・?」


どうやら考え事に集中しすぎたらしい。アスランが訝しげに自分の顔を覗き込んでいた。

普段よりも近いところにアスランの顔があった。整った、綺麗な顔が。

翠色の瞳は、まるで宝石をはめ込んだよう。

本人には言えないけれど。決して言えないけれど、素直にそう感じる。



「どうした?」
「あ・・・・考え事」
「ふーん」


どこか煮え切らない返事ではあったが、アスランはそれ以上追求はしなかった。

ならいいんだけど、と言って再び黙々と歩く。キラもそれに倣う。



――――キラは知らないが、目的地は確実に近かった。

































「ここ、どこ?」
「家」
「見れば分かる・・・・ってなんかこの会話既視感が・・・」


キラたちの目の前にあるのは、1つの家。まだ新しい、新築の家だった。

その家の前に2人は立っていた。

黙々と歩いていたら、突然隣のアスランが立ち止まり、周囲をきょろきょろ、何かを探しているように見ていた。

そして、何かを見つけると、そちらに向かう。勿論キラはそれに続き。

この家のまん前で立ち止まった。

思い切り、民家である。一体この家にどんな用事があるというのだろう。



「って、アスラン!?」


ため息をつきながらアスランの行動の不審さに嘆いていると、彼はこの家の呼び鈴を鳴らしていて。

気付いたときには既に遅かった。



「あ、アスラン、一体何考えてるの!?」
「何って・・・・色々」
「っ・・・・わけ分からない!!」


1人焦るキラを尻目に、アスランは余裕な笑みで。

その余裕が今は殺意が芽生えるほど子憎たらしかった。

いまどきピンポンダッシュなんて流行らない。かといって、呼び鈴を押してしまったという事は時を置かず住人が現れるはずだ。

この家の住人に心当たりは、ない。

何か、切り抜ける方法はないだろうかと。キラが様々な言い訳を頭に過ぎらせている中、扉は徐に開いた。



「どちらさま?」


女性の、柔らかくおっとりとした声。

その声に、キラは考えることを放棄した。

聞き覚えがある。

いや、聞き覚えがあるどころではない。キラはこの声を知っている。間違えることなんて、したくても出来ない。

驚きに目を瞠って、恐る恐る開かれた扉の方に視線を向けた。

どきどきと、鼓動の音が五月蝿かった。



「キ・・・・ラ・・・・?」
「母さん・・・・・・」


キラと同様、もしくはそれ以上に驚愕の表情で

カリダ・ヤマトはそこにいた。













カリダに案内され、気付いたときにはリビングのソファーに座っていた。

状況がつかめない。まるで前も後も分からない霧の中を歩いているような感覚だ。

横に座るアスランは、キラの様子に気付いているのか気付いていないのか、おそらく後者であろうが、お構いなしにカリダとにこやかに会話を交わしている。そういえば、2人は本当に3年ぶりの再会になるんだなーと、どこか麻痺した思考が教えてくれた。



「キラ、どうかしたの?」
「え・・・・う、ううん。全然そんな事ないよ」
「そう?なんだか様子がいつもとは違うから・・・」
「そう、かな?」
「うん」


おっとりとしたカリダだが、しかし流石は母親。キラの微妙な異変になにやら感づいていた。内心冷や汗を流していたものの、表にはおくびも出さずにやり過ごす。アスランは涼しい顔でカリダの淹れてくれた紅茶を口に含んでいた。そのアスランに、密かにキラが恨みがましい視線を送っていたのは言うまでもないだろう。

カリダはキラの言葉に渋々納得し、2人同様ソファーに腰掛けるとニコニコと笑っていた。



「母さんなんか機嫌いいね」
「当たり前でしょう。キラが帰ってきて、そしたらアスラン君も一緒だったんだもの」


これを喜ばすにいられますか、と言い切る母に、キラは苦笑交じりに相槌を打った。

そして、ふとレノアの事が頭の中に過ぎった。

幼い頃、2人で遊んでいるとき、偶にレノアとカリダ、2人の母親が揃うことがごく偶にあった。今思えばくだらない事で一喜一憂し、はしゃぎまわって遊ぶキラたちを、少々離れた場所で愛しげな眼差しと共に見守ってくれていた。

その眼差しが温かく、また優しく。2人が揃うときは無条件で喜んだことを今でも覚えている。それに、レノアがいるときは、アスランもいつも以上に笑って、一緒にはしゃいでくれた。


つい、じっとアスランを見てしまう。


この記憶は、平凡なコーディネイター“キラ・ヤマト”の記憶だ。


毎日が楽しくて、世界の汚さも、大人の醜さも知らなかった、無垢な頃。


兄弟のように、育ったキラとアスラン。


もう、決して戻ることのない過去。


綺麗な、過去。




「キラ?」
「あ・・・・・」
「キラ、さっきからずっとぼんやりしているわね。相変わらず危なっかしいんだから」
「なっ!」
「確かに、そうですね」


反応できずにいると、カリダはふんわり笑う。

それに乗じてアスランも笑った。昔と同じように。



昔に戻れたような気がして、嬉しかった。

そんな事を思う時間なんてないのに。









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