■第9章〜全てが終わるとき〜■ それから、時間の流れなんて関係なかった。 カリダの紅茶と、急遽作ったお菓子に舌鼓を打ちながらしながらのんびりとしたときを過ごしていた。 ふと窓の外を見ると、差し込んでくるのは優しい緋色。 既に夕日が沈みかけているのだ。昼前にここに到着したのだが、これほどまでに時間が経過していたとは。 あいた口が塞がらないキラは、呆然と夕暮れ空の窓を見つめ、そしてアスランを見遣った。 キラの視線に気付いたアスランは、なんだ、と視線で答えた。 カリダにばれないように視線を窓の外に移すと、アスランは納得したような表情をした。 これから一体どうするのだろうか。 「ねえ、2人とも。今日オーブに来たの?」 「はい。そうです」 「ホテルに泊まっているのかしら?」 「違うけど・・・・・母さん?」 「だったら、今日は家に泊まりなさい」 「「え」」 この発言はアスランも予想していなかったらしい。キラは言わずもがな。 2人とも、素で驚いていた。思わず揃う、2人の声。それが何よりもの証拠だろう。 「え・・・だ・・・・な・・・・!?」 「キーラ。きちんと言葉を喋りなさい!」 「ごめんなさい・・・」 ぴしゃりと言われ、条件反射でキラは頭を下げていた。 昔から身体に染み付いた習慣ほど怖いものはない。キラはその時しみじみと感じていた。 同様に思考が若干止まっていたアスランは、我に返った途端、断ろうと言葉を口にしようとしたが。 「これはもう決定事項よ。キラ、アスラン君」 ふんわりと、本当に嬉しそうに、楽しそうに笑うカリダに直前で阻まれてしまった。 ふんわりとしているというのに。 何故だろうか、逆らおうという気が全くさっぱりこれっぽっちも起きなかった。 「何か、文句はある?」 止めの一撃だった。 そうだ、カリダと、今は亡きレノアに、キラとアスランは2人とも逆らえるはずがないのだ。 カリダとレノアの教育の賜物ともいえよう。 それに、今、カリダは過去の自分たちを褒めちぎった。 逆に、キラとアスランは顔が引きつるのだった。 本日キラ・ヤマト並びにアスラン・ザラはヤマト邸に滞在することが決まった。 とりあえず、ということで客間を与えられた2人は、若干深刻そうな顔で見合わせていた。 ヤマト低に訪れたのは良い。けじめをつけようと思っていたのはキラ自身だ。そして、アスラン自身も付けたかったのだろう。幼き日々の大半を過ごした、ヤマト夫妻。場所は変わろうとも、そこにある雰囲気は彼らが変わらない限り変わらない。温かく、優しく、居心地がいいものだ。 しかし、だからと言ってこの展開は予測していなかった。 いや、よく考えればわかったかもしれない。折角再会できた息子と、その昔息子同然によく世話を焼いていた少年が。何の音沙汰もなかったというのに突然現れたのだ。 引き止め、もっと話をしたい、傍にいたいと思うのは当然のことだろう。 「けど・・・・ねぇ」 「ああ。何時彼女達が来るか分からないというのが気がかりだ」 「今日来る、という可能性もないとは言い切れないしね」 「だからと言って、ここから抜け出すのは」 「十中八九、無理」 幼き頃からの習性か、両名の母親には逆らえない。カリダに関しては、あのふわふわした笑顔で迫られると何もいえなくなる。仮に言えたとしても、その後彼女の潤む瞳を見れば、例え自分の意見が正しいものでも罪悪感が過ぎり、結局折れてしまうのだ。 「・・・・・まあ、向こうでの仕事が終わり次第、来る手筈となっているが」 「そんなに早く終わる仕事でもないし・・・」 「今日くらいは、大丈夫・・・・」 「と、信じたい、ね」 「ああ」 こぼれる笑みは力がなく、アスランとキラにこの状況を打破する名案も浮かぶ事無かった。 階下からハルマの帰宅の旨が聞こえた。カリダが若干興奮気味にキラとアスランのことを話す声も。 「おじさん、帰ってきたみたいだな」 「うん・・・・・そういえば父さん、何やってるんだろう?」 かけている主語は、仕事である。 依然勤めていたのはヘリオポリスで興された会社だった。言うまでもなくオーブ本島に本社や支社があるわけではない。 という事は、現在ハルマは職不定の色が濃いはずなのだが。 「キラ、アスラン君!!」 どかどかと階段を上る音が響き、そして、歓喜の含んだ声と共に客間の扉は乱暴に開けられた。 ベッドに座り、向かい合っていたアスランとキラは、条件反射で扉に視線を向ける。 「お久しぶりです、おじさん」 「・・・・・・久しぶり、父さん」 自然とはにかむ自分たちがいることを感じながら、2人は心底嬉しそうに自分たちに抱きついてきたハルマを見た。 懐かしく、忘れられないその大きな腕。 そして、願ってはいけない願いが過ぎる。 どうかあの日々を、幸せで穏やかで、世界が輝いていたあの日々を もう一度・・・・・ 「いやぁ、それにしてもアスラン君は益々大人っぽくなったな」 「そんな事ありませんよ、おじさん」 「いやいや、家のキラなんかに比べれば・・・・なぁ、母さん」 「・・・そうねぇ・・・・」 「ちょっ、それ失礼だよ!!」 ふんだんに振るわれたカリダの料理に舌鼓を打ちながら、そこには和やかな団欒があった。 3年前、日常だったその光景が、再びそこにあったのだ。 「それにしてもキラ、お前痩せたんじゃないか?」 「え・・・・・そんな事」 「あるわよ。アスラン君こんなにがっしりしてるのに、キラったらなよなよで・・・・」 「なよなよって・・・・それ本人の前で普通言う?結構気にしてるのに」 白米の盛った茶碗を片手に、キラが拗ねたように頬を膨らます。 それを横目で見ながら、アスランは自然とこぼれる笑みを懸命に隠していた。 それに気付いたのか、キラがジト目でアスランを見る。不満だとありありと書かれた顔で、何笑ってるんだ、と睨みを利かせた視線を送ってくる。 「なよなよだって」 「五月蝿い」 「頑張ってがっしりした身体になれよ」 「・・・・・・アスラン、君ねぇ」 「こら、ご飯中に喧嘩しない!!」 今にも口論が始まろうとしていた2人を、カリダが見事に止める。2人がカリダを見ると、めっ、といわんばかりの顔だった。 「はーい」 「すみません」 不満は残るがここで逆らうほど愚かではない。 2人の返事にカリダは笑顔に戻る。 そして、団欒が再開された。 どれだけ願っても、この願いは叶うことがない 自分たちにあるのは、使命 そして、宿命 どれだけ願っても、この願いをかなえることは出来ない 自分たちの願いはただ1つ それ以外の願いなど、ありえない あってはいけないのだ BACK HOME NEXT |