泣いていたあの子。
笑っていたあの子。
それも皆大切なあの子の思い出。
また会おうって約束してから早数年。
未だにあの子の事を忘れられない自分。
未練がましいなって、心底思う。
けれど。
諦められないのだから致し方ないだろう。

久方ぶりに訪れた母校。
過ごした楽しき日々と共にあの子の事も思い出される。
―――今は何をしているのだろうか・・・・






SEED学園
〜第1話〜

秘密






工学部の部長を務めるイザーク・ジュールは、密かに平部員であるキラ・ヤマトに恋慕の念を抱いている。

これは、工学部内、いや、このSEED学園全体に広まる公然の秘密だ。

生徒のほとんどが知っていることなので、秘密と言うのもおかしいが、その念を向けられるキラ自身が気付いていないのだからしょうがない。

しかも、これまた公然の秘密ではあるが、キラと同学年であるサイ・アーガイルも彼女のいる身でありながらキラに恋慕の念を抱いていると言う噂もあるのだ。

工学部の水面下では、キラに想いを寄せる男たちが日々静かなる争いを繰り返している。





実際は、部員全員仲良くそれぞれ自由に好きな事をしているのだが。

人の噂ほど怖いものなどないだろう。

教育実習生アスラン・ザラ。

工学部の顧問を任されて数日後に思ったことだった。





















キラと再会できた喜びも束の間、続々と部員がHRを終え技術実験室に足を踏み入れた。

勿論入って来る度に部員がアスランの姿を目に留め固まったのは言うまでもないだろう。



部長であるイザークが全部員が揃った旨をアスランに伝えると、アスランは少々引きつった笑みを浮かべた。向けられる好奇の視線はやはり慣れないものだ。

数少ない女性との1人は、明らかに嫌な予感をアスランに抱かせた。



「実習期間のみの間ですが、俺がこの部の顧問を務めさせていただきます。一応OBにも当てはまるから分からないこととか遠慮なく聞いてくれ」

「ザラ先生の通っていた頃からここの部あったんですか?」

「あったよ。俺含めて部員はたった3人だったし、やる事といってもシステムの解析とハッキ・・・じゃなくて、今と余り変わらなかったよ」



途中言葉を濁すアスランに、数名首を傾げるが、敢えて突っ込むものはいなかった。

アスランもアスランで、いたいけな生徒に何を言おうとしていたのか、と自己嫌悪に陥っていた。



アスランと、他2名の気の合う仲間とで当時の工学部は、その年齢にしては酷く高度な技術と人には言えないことをやってのけていた。

学校の警備プログラムを勝手にコピーして解析したり、どこぞの教諭のパソコンにハッキングをかけたり、と。

今思えば若かった自分ばかり思い返される。



「兎に角、至らない点は多いと思うけれど、よろしくお願いします」

「「「こちらこそお願いします」」」



頭を下げたアスランに、部員達は慌てて同じように頭を下げた。

この事は部員にとっても嬉しいことなのだ。現顧問はその手のことは全く不得手としており、人柄的には好める存在だがいざ困ったときに全く頼れない。

かといって強い人間も、珍しいことにこの学園内にはいないのだ。

技術実験室を使用する授業カリキュラムがさっぱりないのも1つの原因ではあるが。

しかも、今期の実習生の中では1番人気を保有すると思われるアスランなのだ。

お近づきになるには難しい存在が向こうから近付いてきてくれたのに、嬉しくない女子はいない。男子はともかく、だが。



「早速なんですが・・・・・・」

「はい?」

「先生のこと聞かせてくれませんか?」

「・・・・・・・・・は?」



いかにも間抜けな顔と声だったと、アスランは我に返って内心苦い顔をした。

早速質問とはやる気のある女子生徒だなと感心したのに。それなのに、手ひどい裏切りを一方的とはいえ受けてしまった。

こういう質問及び、そういった目で見られることが大嫌いなアスランとしてはこの展開は非常に辛いものがあった。

いくらなんでも初日に冷たくあしらうのはどうかと思うのだ、良心的に。しかも相手は年下の女子生徒。

どうしたものかと悩むアスランだったが、目の前の少女は全く引く気配を見せない。周りの部員も彼女の行動に驚いているらしく作業に移ろうとしていたその手が固まっていた。



「え・・・・・っと」

「あ、私はフレイ。フレイ・アルスターです。先生」

「アルスターさんね。すまないけど、そういう話はしないことにしているんだ、俺」



自分に自身を持つもの特有の笑みを浮かべるフレイ。この手のタイプはしつこいから苦手なんだよなあとため息をつきたい衝動に駆られた。

しかし、それを表にはおくびも出さず、慎重に言葉を選びながらアスランは断ろうとした。

どうせ家族のことや恋人のこと、好きな人や好きなタイプなどの事を聞かれるのだ。言った瞬間黄色い声をあげられるのは自分としても他の部員に対しても迷惑だろう。

それに、この技術準備室に黄色い声なんてさっぱり全く似合わない。



「いいじゃないですか、少しくらい」

「あのね、君はここに世間話をしに来たんじゃないだろう?今は部活の時間だ。部活だからって、気を抜くことが許されるとでも?」

「なっ・・・・・」

「顧問が全く来ないからといって何もしてこなかった訳ではないんだろう。だったら」



言い聞かせるように、本人的には優しく言うが、目の前の彼女は見る見る頬を真っ赤に染める。

これって、思い切り虐めているみたいに見えるのは気のせいだろうか・・・・・・。本気でどっと疲れを感じ始めたアスランだった。

これ以上言葉を重ねても悪影響だろうと判断し、黙ったアスランだったが、状況は変わらなかった。どうするかと思い悩む彼に救いの手を差し伸べたのは、部長であるイザークだった。



「ザラ先生の言うとおりだ、アルスター。これを機にもう1度自分の今までの行動を省みろ」

「っ・・・・・・・」



アスランの言葉よりも数倍辛辣な口調でイザークはフレイを弾劾した。

おそらく、これまで余り真面目に活動していなかったのだろう、彼女は。



「ザラ先生、質問したいプログラムがあるんですが」

「分かった、聞こう」



フレイの事など忘れましょうといわんばかりのイザークの変わりように、なかなかの評価を抱きながらイザークの後をついて行った。

背中に、フレイの絡みつくような視線と、彼女のものとは全く別物の、懐かしい視線を感じながら。



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