所在無さ気に、キラは立っていた。

思わず押し黙ってしまう2人。ついさっき、再会を果たした時は数年のブランクなんて感じさせないほど会話が成り立っていたと言うのにもかかわらず、だ。



「何か、忘れ物?」

「えっと・・・・・・・・その・・・・・・・」



我ながらいい性格をしているなと、胸中では自己嫌悪なアスランだった。

直感ではあったが、安易に接触をもってはいけない気がしたのだ。キラと接する同じ部の面々、特に男子生徒の態度を見て。



なんとも複雑極まりなかったが。



「探しものがあるならさっさと見つけてしまいなさい。一応、下校時間まで俺はここにいるつもりだから時間は気にしなくていいよ」

「あ、はい!」



途端キラの機嫌がすこぶるよくなった気配が伝わってきた。

相変わらず、なキラに、アスランは思わず口元に笑みを浮かべていた。

幼い頃、いつも傍に、隣にあった存在。自分より一回り小さい彼は、わがままで、泣き虫で、甘えっ子で。けれど憎めない存在だった。瑣末な口論をした後でさえもキラはアスランの後にくっついていた。

いつの頃からかそれが自然であり平生な光景となっていた。

アスラン自身、気付かぬ内に。



気付いたのは、引っ越して間もなくの頃。ふとした拍子に、キラの姿を探していたのだ。

綺麗な桜の樹を見つけて、お前も見てみなよ、と誰もいない空間を見て心の中にぽっかりあいた穴を感じた。知らず知らずの内に、キラはアスランの中で大きな存在となっていたのだ。



今更気付いても、遅いというのに。









「あの、ザラ先生?」

「ん、何?」



見遣ればキラがPC越しに立っていた。おずおずとした様子で。



「ア・・・・ザラ先生は、毎日ここ来てくれるんですか?」

「そのつもりだけど・・・・・それがどうかした?」

「あ、いえ。その、分からない所あるから聞きたいなって・・・・」



何処までも余所余所しい会話は、際限なくむなしいものだった。本音は沢山話したいのに。あえなかった数年分のことを話したいし、聞きたい。



「・・・・・・・こうやって、人がいないところだったら学校内でも大丈夫だよな?」

「え・・・・・・」

「第3者に知られないこと。周囲に人がいないとき以外は俺たちは何の接点もない生徒と研修生。あ、部活以外接点のない、か」

「それって・・・・・・」

「俺としては、キラと沢山喋りたいんだよ。数年ぶりだしな」

「アスラン!!」



嬉しそうな声をあげると、キラはPCを迂回してアスランの肩に抱きついた。背後から抱きつくのが1番好きなのだ、キラは。こうやって変わらないところを見ると、何故だか嬉しさがこみ上げてくる。



「僕もね、ずっとずっと話したかったの!」

「落ち着けって、俺は逃げないから」

「うぅ・・・・・」

「キラは変わらないね」

「ちゃんと成長してるよ!!背だって伸びたし」

「そうじゃないよ。成長するのは当たり前だろう?俺が言いたいのは、性格のことだよ」

「そうかなぁー?」

「そうだよ」



キラと会話すると普段の自分が嘘のようだと、アスランは苦笑がこみ上げてくる。誰に対しても一線を引いて接し、決して己を見せないようにしてきた。会話といっても相手が一方的に話すだけ。アスランは時たま気まぐれのように相槌を打つだけだった。

しかしどうだろう。キラとはテンポよく言葉を交わせる。会話が成り立っている。



「アスラン何処に住んでるの?」

「以前住んでた所」

「えぇ!?」

「と言うのは冗談。流石にもう今は人の手に渡ってるからな」

「アスラン!!」

「ごめんごめん。俺が住むって言っても下宿なんだけど、とりあえずしばらく厄介になるのはキラの家だよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ」



見事な間抜け面を晒すキラは、アスランの言葉が頭の中で何度も流れていた。

今、この人はどこに住むといった?さらりと重要でもないようにアスランは言ったが、果たして。

さらりと言われた所為か、キラの頭は混乱を呼び起こしていた。

そして。



「えぇーーーーーーー!?そんな話聞いてないよ!!」



アスランの予想通りの返答をしてくれた。

あたふたと、パニック状態に陥ってしまったキラをなだめるようにアスランは頭に手をのせる。くしゃっと撫でると、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。



「小母様に隠しておいて欲しいと頼んだからな。当然のことだ」

「何で!!!」

「んー、キラを脅かしたかったのと、もし忘れられていたら他の所にしようと思っていたから」

「むぅ!じゃあ、僕が忘れてたらアスランどこに行くつもりだったのさ」

「実家だよ、今の。ついでに言えば、今日もそっちに帰るよ」

「えぇーなんで!」

「荷物全部向こうにあるんだよ。しょうがないだろう?」

「むぅ・・・・・・」



口を尖らせ拗ねるキラの仕草は、やはり昔と変わっていなかった。

変わったとすれば、この仕草をとった後の行動だろうか。



「・・・・・しょうがないもんね。分かった。でも、明日からは家来るんだよね?」



昔のキラとは格別に成長したなぁと、つくづく感じた瞬間だった。

昔のキラは、何が何でも自己を通した子だったのだから。アスランも散々それに手を焼かされた。なので、この成長は嬉しいばかりであった。



「アスラン?」

「あ、いや・・・・・そ、そろそろ下校時間だよな、と思って。キラそろそろ帰ったがいいんじゃないのか?」

「あー、本当だ・・・・・・折角久しぶりに会えたのに・・・」

「しばらくはずっと一緒だろうが。な?」

「・・・・・うん」



こつんと、軽く額を小突く。キラはつまらなさそうな表情を一変させ、はにかんだ笑みを浮かべた。



「それじゃあ、気をつけて帰れよ」

「僕を幾つだと思ってるの?」

「今の世の中は危ないんだよ。しかもお前可愛いから」

「可愛いとか言うな!!!」



頬を染めたキラは捨て台詞のごとく言い捨てると、そのままずんずんと去っていった。その態度がまた懐かしくも面白くもあって、再びアスランの顔には笑みが浮かんでいた。

沈み逝く夕日が、アスランを赤く照らしていた。





















「なんだよ、あれ・・・・」



今見た光景を信じられなかった。あんなに無邪気なキラを見たのは初めてで。その表情や仕草の1つ1つ新鮮なものばかりだった。

普段の彼とはまるで違うような、けれど同じ存在。

あれが本当のキラなのだろうか。だとしたら、何故教育実習生であるアスランがそれを引き出せるのだろうか。

しかし、そんな事は瑣末なことだった。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



心に浮かぶのは、嫉妬。

憎悪に繋がる感情を抱かせる、憎き相手は、アスラン・ザラ。



ただそれだけだった。

















翌日。

放課後となった今、アスランは背中に突き刺さる視線で集中出来ずにいた。

一体自分は何かしたのだろうか。首を捻るが該当するようなことをした覚えは全くなかった。もしかしたらアスランが気付いていないだけで何かしたのかもしれないが。

視線を感じて即座に振り返るものの、誰がよこしたかなどということは皆目見当もつかず。

変な場面でストレスを感じそうだと、遣る瀬無さを感じた。



「ザラ先生、いいですか?」

「ああ、いいよ。えっと、ハウさん」

「ここなんですけど・・・・・」



少女の素朴な疑問に答えつつも、頭の中で巡るのは妙な視線のみ。

すると、アスランの考えが読めたのだろうか。質問をした少女、ミリアリアがじっとアスランの蚊を見て何か言いたげな様子だった。



「ハウさん?」

「多分、知ることだろうと思いますから、今の内に言っちゃいますね」

「ぇ?」

「あそこに座ってる・・・・キラ・ヤマトっていう子なんですけど、実はキラこの学校のアイドルなんです」

「は?」

「勿論キラは気付いていなくって。でも、うちの部長と今キラの隣にいる面子全員キラの親衛隊なんですよ」

「・・・・・・・・」

「ですから、気をつけてくださいね。念のためにも」



何がですか、と思わず突っ込みそうになったのをぐっとこらえ、アスランは曖昧に笑みを浮かべた。話し終えすっきりとした様子のミリアリアはありがとうございました、と、自分の席へと戻っていく。

可愛い可愛いとは思っていたが、よもやそんな存在になっているとは誰が予想できただろうか。しかし、自分の勘は正しかったのだと微妙な自身を持ってしまった









後日、授業を受け持つクラスの噂好きの女子生徒に更に詳しく聞く羽目になるとは、アスランもまだ知らなかった。





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