進む一本道は、人の出入りがさほどないことを表すかのように、かろうじて細い一本道だった。獣道に程近いそんな山道を。雑草は伸び放題、しかも両側の下に生い茂る木々から延び出た小さな枝は、油断していると足に突き刺さる。ちくりとした痛みが襲うのだ。

そんな道を、先頭に立ち先導するアスランは、一人涼しげな表情で、しかししっかりした足取りで進んでいた。もともとアスランは表情の変化が乏しいので涼しそうに見えるだけかもしれないが。

次に続くのはラクスだ。さすがラクスといったところだろうか。若干歩き難そうではあるものの、表には出さず、しかもアスランが踏み締めたところを正確に辿りながら進んでいる。

ラクスの後はイザークだ。彼もまた黙々と足を動かしている。時折足に枝が当たるのか顔を顰めたり、疲れを見せるものの、その足取りはしっかりとしていた。

次に続くフレイは、明らかに不機嫌であった。歩くとは聞いた。聞いたが、誰がこんな獣道に近い山道を通ると想像しただろうか。今日、彼女は膝上のスカートをはいており、進むたびに枝や雑草の葉が当たる。小さな痛みとむず痒さに疲れもたまる一方であった。

最後尾に進むサイは、ここへ訪れたことがあるというだけあり、アスラン同様とまではいかないがそれほど苦労するような様子なく進んでいた。時折遠い日を見つめるかのように心在らずの状態にはなっていたが。

そうこうして車を降り歩き始めてから三十分ほど経った頃、目的地は漸く姿を見せ始めた。



















「アレですの?」

「ええ。公の図書館ではないんです。個人の財産なんですけど、既に絶版となっている書架も多く保管されているんですよ」

「まあ・・・・」

視線の先に建つ建物は、公共の図書館並みに大きい。遠目から見ても大きいのだから、実際は想像よりももっと大きいのだろう。

ラクスが感嘆の声を漏らすのに苦笑して、アスランは後ろを振り返った。

イザークは、呼吸は乱れていないものの、やはり山道は慣れていないようで疲れの色が若干目立った。それを言うのならば隣に立つラクスもそうだ。平気そうではあるが、疲れの色が滲み出ている。

フレイに至っては既にへとへと状態のようだ。前屈みの姿勢でかろうじて立っているものの、すぐにでも座り込みそうな感を与えた。

サイは数度訪れていたこともあり、疲労はそこまで伺えなかった。もともと体力のなさそうな外見をしているくせに実は平均以上の体力を有するのだから当然といえば当然かもしれない。

「後少しでつきますから」

「・・・・・・ああ」

「・・・・・・・・・はーい」

再び彼らは歩き出した。残る道は下り道ばかりであったのでさほど疲労が増すこともなく彼らは目的地に到着した。













到着した早々。フレイは予想以上の建物の大きさに呆けたように聳え立つ建物を見つめていた。大きな窓から伺える室内は、公共の図書館と同じようなつくりの書庫。多数の本棚には数え切れないくらいの本が所狭しと収納されている。

アスランは、そのまま入り口と思われる場所に向かったが、実際はその右側にある小さな扉の前に行きその扉を叩いた。

「こんにちは、アスランです」

すると時間を置かず中から足音が聞こえ、そしてその小さな扉は勢いよく開いた。

中から完熟した金髪の男性と、ゆるいウェーブがかった茶髪の女性が現れた。二人はアスランの姿を目に留めると呆然としたように固まった。がすぐその後、心底嬉しそうに微笑んだ。男性に至ってはアスランに飛びついている。

「ちょっ・・・・フラガさん!!」

「久しぶりだな、アスラン」

「本当に、ここへ来ても私たちに顔出さないんですもの。酷いわよね」

「あ・・・・・・すみません」

女性の言葉にアスランはバツの悪そうな表情で頭を下げた。彼女の言葉は事実なのだ。何度もここへは訪れているが、この二人ときちんと面と向かって言葉を交わすのは数年ぶりだ。

「謝らなくていいのよ。しょうがないことだと私たちも思うから」

「で、今日は団体様でどうしたんだ?」

言外に気にするなという二人に内心安堵するアスラン。

切り替え上手な男性の視線は、アスランの連れてきた者たちに興味津々らしい。隙あらばちょっかいをかけようなどというちょっとした悪戯心も芽生えているかもしれない。

「資料集めに来たんです。ちょっと近場では十分な資料が無いような課題だったんで」

「ほう・・・・・皆でか?」

「いえ。赤い髪の人だけです。他はいつの間にか」

アスランが示す先には、とうとう近場の大きめの石に座るフレイの姿があった。その横でかがみこむようにサイが甲斐甲斐しく世話をやいている。

「あれ・・・・・あいつ、サイ?」

「そうですよ。気付きませんでした?」

「まあ・・・・気付かなかったわ。数年間会わないだけでああも大人びてしまうとはね」

しみじみと女性がため息をつく。続くそれだけ私もおばさんになったということか、という言葉にフラガもアスランも下手に相槌を打てないでいた。打ったら最後、もし彼女の気に触るようなことを言えば怒りの鉄拳が待っているからだ。





「アスラン、そちらの方々は、どちらさまでしょうか?」

「二人はここの管理人みたいな存在です。こちらがムウ・ラ・フラガさんで、その奥さんのマリューさん」

「やあ」

「こんな山奥までわざわざご苦労様」

にっこりと人が好きそうな笑顔を浮かべる二人に、ラクスたちは反射的に頭を下げた。年上は敬え、という精神から来るもの・・・・・・・・・だろう。多分。

「お久しぶりです、お二人とも」

「お前もな。ずいぶん印象変わったなぁ」

「誰だか分からなかったわ」

フラガはサイの肩を軽く叩き、マリューはくすくすと笑う。サイは照れたように笑顔で相槌を打っていた。

アスランの隣に立ったラクスは、フラガたちを見つめるアスランの表情が、先ほどから見ていたものよりもはるかに感情が出ている事に気付きじっと見つめていた。

何があっても、彼は喜怒哀楽全ての感情を封印していた。今日会うまでに彼と最後に会ったのはもう数年も前のことだが、その時の痛々しい様子は今でも目に焼きついている。今は大分痛々しさが薄れたものの、幼い頃あった感情の欠落が、再び前面に押し出されていた。

その彼が少しでも感情を表しているのだから、フラガたち夫妻はそれだけかの人に近い存在なのだろう。

「ラクス、俺の顔に何かついてます?」

「・・・・・いいえ。先ほどよりは穏やかな表情をなさっているから目に焼き付けておこうかと思いまして」

視線に気付いたアスランの、戸惑った表情でさえ簡単に察せる事実が、ラクスには嬉しかった。

「・・・・・・別に変わらないと思いますけど?」

「あら・・・・・。小さい頃のように全く感情の機微を見せないというのに、そんな事仰いますの」

「・・・・・あのですね、ラクス」

苦虫を噛み潰したかのような渋い表情を浮かべるアスランに大してラクスの笑みは深くなるばかりであった。