「あ・・・・・・」

「お前は・・・・・」

かちりと混じった視線は、数日前の邂逅を双方に思い出させた。一度見たらそう簡単には忘れられない印象を、お互い持ち合わせる二人は、今まで気づかなかったのが不思議なくらい傍にいた。

「確か・・・・イザーク、さん・・・でしたよね」

「そういうお前は・・・アスラン、だったな」

たった一度しか名乗らなかった、否、名乗ってすらない互いの名前を、懸命に記憶の糸を手繰り寄せて思い出す。あまりよい出会い方ではなかったが、その日の事は鮮明に覚えていたので、簡単とまでは行かずとも、苦労する事無く思い出せた。

片や驚きに目を瞬かせ、片や若干の動揺を見せるイザークとアスラン。

助手席に座るフレイは身を乗り出すようにイザークとアスランの顔を、交互に見た。二人の間に挟まれている状態のラクスも、フレイほどは動揺していないけれども、まさかこの二人が顔馴染みだとは想像もしていなかったようで、多少困惑の色が見られた。

「アルスターさんの従兄弟、だったんですか・・・・」

「そういうお前はラクスの従姉弟だったのか」

「ラクスとはどういうご関係で?」

「俗に言う幼馴染という奴だ」

瞬間、アスランの身体が小さく身じろいだ。しかし、それに気付くものは、居ない。幸か不幸かラクスはちょうどイザークに注意を向けていたし、フレイに至っては運転手であるサイに前を向いて色と言われ渋々身体を前にしていた。意識はこちらに向けてあったが。

「お前こそフレイとサイとはどういう関係なんだ?」

「アルスターさんは、同じ講義を受けていて、先日初めて喋ったばかり。サイとは・・・・高校の頃お互い紹介してもらっての友人関係ですよ」

淡々とアスランは答えた。途中詰まった理由が分かるサイとラクスは、僅かに顔を歪ませた。

あの時の、あの頃の。アスランの慟哭を見たから。聞いたから。肌で感じたから。何時居なくなってもおかしくない状態だった彼が、今ここに居ることを彼らは心から喜んでいた。

「・・・・・・・・て言うか、二人も知り合いなの?」

「知り合いというか・・・・・」

「一度、会ったことがあるんだ。・・・・・・・・知人の家で」

「俺にとっては母のお世話になった人の知人のそのまた知人の家だがな」

「まぁまぁ・・・一体何の御用だったのです?」

苦みを帯びた表情のイザークはため息と共に再び視線を窓の外へと向けた。

長年彼の傍にいたからであろうか、ラクスはイザークが赴いた用事が彼にとって好ましいものではなかったと悟っていた。しかし、それにもかかわらず訊ねる。

ラクスの言葉にイザークの身が実を潰したような表情は一層深くなるが、彼はそのまましばらく沈黙した後ぼそりと答えた。

「・・・・・・・・・・・所謂お見合い、だ」

「まぁまぁ・・・・・よく承諾しましたね。で、お相手は?」

ラクスは更に興味津々と言った表情でイザークに問う。助手席に座るフレイも、我慢できなくなったらしく再び身体を後へと向けていた。運転に集中しているかのように見えるサイも、気になっているらしく意識がイザークへと向きがちであった。

アスランは、イザークが答えた後自分に来るラクスの攻撃に備えようと、窓の外で変わる景色を眺めていた。

「言わないといけないのか?」

「ええ。それとも、言えないような方なのでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・違う」

「ではずずいと仰って下さいな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ラクスの笑みは増すばかりであった。これを逃れることが出来る者はきっと居ないというほどの恐ろしさを兼ね備えた笑み。

イザークは内心毒づきながらも、ラクスから目線を逸らした。

「・・・・アスハだ」

「え・・・・・」

「カガリ・ユラ・アスハ。それが見合い相手の名だ」

その瞬間。

ラクスの表情が一気に強張った。サイの運転も、心なしか乱れた。どくんと、心臓の音が常よりも大きく響く。

「本当ですの・・・・」

「何がだ?」

「本当に、カガリさん、ですの?」

イザークに問うラクスの表情には、先ほどのようにからかいが含まれていない。むしろ、滅多に表に出さない表情、焦りや困惑で強張っていた。

ラクスのそんな突然の変貌にフレイも首をかしげる。こんなラクス初めて見た、と思えるほど今のラクスの動揺は大きかった。そして、それは運転手であるサイにも言えたことで。その事にフレイは気づかなかったが、サイもまた、ラクスと同じく動揺していた。

「確かにカガリ・ユラ・アスハだったぞ」

「・・・・・・・アスラン、どういうことですの?」

「イザークさんの言う通りですよ。・・・・・カガリとイザークさんが婚約しているって俺は聞きました」

「えぇ!?それ本当、イザーク」

アスランの言葉に再び視線がイザークに集まる。イザークは一瞬うろたえたものの、憤然とはき捨てた。

「その件に関しては丁重にお断りした!もともとこのお見合いは実現させる為にしたのではないらしい。アスラン、貴様がアスハ氏に聞いた彼女との一切は全て虚言だ!」

「えー、じゃあどういう為にしたのよ」

「俺にも詳しいことは分からん。・・・・・・・予測は出来るがな」

意味深な言葉を残し、イザークは黙った。視線は窓の外を見つめているアスランに向かっている。

ラクスは、今度はアスランのほうに身体を向け、静かに問いかけた。その表情は強張っている。

「カガリさんに、呼ばれたのですか?」

「・・・・・・・・・・・まあ」

「どうして、行くのです?」

「・・・・・・・・・・行かないと後々面倒な事になるから、ですよ」

「だからと言って、あなたは彼女の恋人でも、ましてやそんなに親しい間柄ではないはずです!」

声を荒げるラクスに、事情を知らないフレイとイザークは呆気に捕られたように彼女を見つめた。サイは、なんとも言えない表情で運転に専念している。

車内に、重い空気が広がった。

アスランは、答えない。ラクスは、そんなアスランを真っ直ぐと見つめるばかり。沈黙が続いた。

折れたのは、アスランのほうだった。アスランはイザークたちにでも分かるほど表情を歪ませて、吐き捨てるように言った。

「・・・・・・向こうはそう、思っていないみたいですけどね」

「え・・・・・」

浮かぶのは、涙を瞳にためたカリダの姿。応接間でアスランと自分が恋人関係だと大嘘をついた彼女の姿。

「アスラン・・・・・」

「・・・・・・・・着いたよ」

ラクスの言葉はサイによって遮られた。窓の外を見てみると、そこは小さな駐車場で。奥に細い一本道が見えた。

五人は、なんとも言いがたい複雑な空気を背負ったまま車を降りた。目的地までここらは歩きだからだ。

「ついて来てください」

そう言って先導するアスランの背中は、全てのものを拒絶するかのように遠く感じた。