週末となり、アスランは約束した待ち合わせ場所でサイの車を待っていた。手にはブックカバーをかけた手ごろなサイズの文庫本が一冊。普段はかけない眼鏡もかけている。雑踏の中、一人でいるアスランの姿に、通行人の者は必ずといっていいほど振り返る。 その一連の動作をアスランが気付く事は全くなかったが。 そうこうしている内に不意にクラクションが鳴った。何事かと顔を上げると、そこにはつい数日前に目にしたサイの愛車の姿があった。運転席にはサイの姿が、また助手席にはフレイの姿もあった。 うっすら笑みを浮かべて手を振るサイに同様に軽く手を振り、アスランは読みかけの文庫本を鞄にしまうとサイの愛車へと向かった。 「おはよう、アスラン」 「おはよう、ザラ君」 「おはようサイ、アルスターさん」 近付くとサイが窓を開けた。何か言いたげな、様子だった。 「どうか、したのか?」 「あ・・・いや、な。・・・・その、フレイの従兄妹とその幼馴染も一緒に行きたいって言われて断れなくなって・・・」 「今、後ろに乗ってる、とか?」 「大当たり」 すまない、と頭を下げるサイにアスランは首を振り、頭をあげさせる。別に気にはしない。三人だった人数が増えても、それが見ず知らずの他人だとしても、アスランに乗っては関係なかった。 とりあえず出発しよう、とアスランは後の席のドアに手をかけ開けた。 「おはようございます」 「・・・・・」 目に飛び込んできたのはピンクと銀。アスランは瞠目すると、それは見事な反射神経を遺憾なく発揮して乗り込まずにドアを閉めた。その振動で車体が微かに揺れるぐらい強く。 「アスラン?」 アスランの行動の奇怪さにサイが声をかけるが、アスランの耳には届いていない。 アスランの脳内は混乱の絶頂であった。まさか、と思う心を、いや、それはない、と片っ端から否定していく。しかし、もしや、と思う疑問の芽を完全に摘み取ることが出来ない。 しかし、彼女がここにいるはずないのだ。あれは彼女によく似たそっくりさんなのだ、きっと。 半ば無理矢理に、自分に暗示をかけるように何度も何度も呟く。 しかし、現実はそう甘くないもので。漸く心の平穏を取り戻し再びドアを手にかけたアスランは開けた途端またしても閉めようとした。 が、しかし。 「その手はもうくらいませんわ」 「・・・・・・・なん、で」 「それはこちらの、私の台詞です!!一体どれだけ心配したことかっ!!」 「・・・・・すみ、ません・・・・」 声を荒げる桃色の髪の少女、ラクスに対するアスランは、見るからにバツの悪そうな、申し訳なさそうな空気を纏っていた。 素直に謝罪の言葉を紡ぐアスランを、ラクスはじっと見つめた。 運転席と助手席に座るサイとフレイは訝しげに二人のそんな様子を伺う。ラクスの隣に座る銀糸の髪の青年は我関せずな態度で窓の外を向いているが、神経は二人に向かっていた。 「・・・・・・お元気そうで、一安心しましたわ。もう、突然音信不通にならないでくださいね」 「・・・・・・・・」 「ならないでくださいね!」 「・・・・・・はい」 小さい声ではあったが、了承の声を聞き届けたラクスは、ふわりと微笑んだ。 もう声を挟んでも大丈夫か、と判断したサイは、そこで漸く恐る恐るではあったが二人に声をかけた。 「二人って・・・・知り合い?」 「というか、ザラ君早く乗って!話は出発してからでも出来るから」 サイの疑問に答える暇もなくフレイがアスランを促す。それに従いドアを閉めると、一行を乗せた車は目的地に向かって出発した。 「で、どういう関係?」 「どうも・・・・見て、分かりませんか?」 「分からないから聞いてるの!私ラクスがザラ君とお知り合いだったなんて初耳よ!」 「私もフレイとサイがアスランと知り合いだったなんて、驚きですわ」 「アスランって・・・・そんなに親密なの!?」 フレイとラクスの応酬に耳を傾けながら、アスランは密かに本題からずれていっている様な気がしていた。しかし口を挟むことはない。余計な口を挟んでしまったら、標的となるのは自分だとよく分かっているからだ。 運転するサイも、女性人二人の話に耳を傾けながら肝心の自分が知りたい部分になかなか進まないことをもどかしく感じていた。 「フレイ、何か誤解をしていませんか?」 「誤解って・・・?」 「フレイは私とアスラン、どのような関係に思いますの?」 いや、それが聞きたいから聞いてるんだ、と。思わずサイは突っ込みたくなった。フレイはうーん、と唸り考え込む。そして考え込んだまま疑問形のまま答えをラクスに返した。 「元恋人?」 「全然違いますわ」 しかしフレイの答えをラクスは一刀両断した。心なしか微笑が消えてるような気がする。 「じゃあ、なんだって言うのよ!」 「私とアスランは、従姉弟ですわ」 「「えぇ!?」」 フレイは勿論、サイからも驚きの声が上がる。ラクスの隣りに座る青年も、声こそ出さなかったが、驚いた気配が伝わってきた。 「そんなに驚くことでしょうか?」 「普通驚きますよ、ラクス」 「何か仰いました、アスラン?」 「いえ、何も」 ラクスとアスランの力関係は火を見るよりも明らかだった。断然アスランのほうが、弱い。きっと立場も低いのであろう。 「人の縁って不思議だな」 「本当。・・・・・従姉弟なら。それだけ親しくてもなんら不思議じゃないわね」 しみじみと言うサイと、納得したように首肯しながら言うフレイ。ラクスは微笑を浮かべたままである。 銀糸の青年は、どんどん移り変わる景色を目にしながら、自分たちを乗せた車がだんだん人気のない、田舎へと向かう道だという事に気づいていた。そこでふと思い出す。今向かっている先、つまり、ゴール地点はどこだということ。気になった青年は、ここに来て漸く一言を発した。 「オイ、今俺たちはどこへ向かっているんだ?」 途端運転しているサイを除いた三人の視線が青年に注がれた。 |
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