話が進むに連れて、サイの表情は悲哀を増す。普段は包容力のある、優しい頼れる大好きな人で、フレイは今まで一度として彼の翳った表情を見たことがなかった。敢えてそれをサイが見せなかった所為かもしれないが。

しかし今はどうだろう。今まで見せたことのない表情を見せる。きっとサイ自身無自覚なのだろう。それに、若干ではあるが、アスランの表情もいつもより沈んでいる気がした。

席替え以来隣に座る彼は、入学当初から噂されるだけの事はあり、その顔の造詣はフレイも胸のときめきを覚えた。そして、彼が浮かべる笑みも。

しかし、アスランはそんな想いとは裏腹に全く感情を表情に表さなかった。それはもう見事に。

今でもアスランの笑顔を求め諦めきれずにいる女子生徒は多い。中には男子生徒もいるという噂もある。

目の前にいるサイとアスランは、何も語らない。多くを言わずとも言いたいことが分かるだけ仲がよいということなのだろうか。





サイは、アスランの笑顔を見たことがあるのだろうか。





そんな疑問がフレイの中で唐突に生まれた。

















「なぁ、次の週末、どっちか暇か?」

「次の?・・・・・・・・・・・・・・片方ならば」

「だったらその日に行かないか?車で行けるところまでは俺の車で送るし」

「しかしそれではサイに迷惑がかからないか?」

サイの申し出に嬉しく思いつつも、アスランは承諾する姿勢を見せなかった。サイ自身他の大学に籍を置き、忙しいという事は深く考えずとも分かるからだ。しかも車の運転ほど疲労するものはない。

アスランの遠慮に彼の思いやりを感じ、サイはつい口元を綻ばせた。数年前と全く変わらない、不器用なアスランがきちんと存在する。当時は言葉少ないアスランに苛立ちを感じて仕方がなかった。アスランの幼馴染であるキラにそれを訴えればひとしきり大笑いするばかり。

昔の自分はよくそこで堪忍袋の緒が切れなかったものだと、今更ながらに感心してしまう。

「でもな、アスラン。休日にフレイと二人きりで出かけるというのも噂を誇張する一因となるぞ?」

「・・・・・・・」

「その点俺が一緒ならばそれは免れる。違うか?」

「・・・・違わない」

「じゃあ、決まりだな」

「ああ。・・・・・・頼む」

「任せとけって」

にっこりと笑って頷くと、サイはアスランから視線を外し、フレイへと向けた。先ほどから全く口を挟まないな、と疑問には思っていたが、どうやら考え事をしているらしく、焦点が定まっていなかった。

彼女の思考の邪魔をするのは申し訳なかったが、今決まったことを伝えなくてはならないのでサイはフレイの顔の前で二、三度軽く手を上下に動かした。しかし、一向に意識は戻ってこない。

しかたない、とため息をつくと、今度は名前を呼び、軽く身体をゆすった。

「フレイ、フレイ」

「・・・・ぇ、あー、何?」

漸く我に返ったフレイは一瞬呆気に取られた間抜けな顔を見せたがすぐさまそれを取り繕う。流石である。

その後サイから一通りの説明を受け二つ返事で了承の意を告げると、詳しい時間や待ち合わせ場所等を決めた。そして、時計の長針が五を指す頃に三人は店を後にした。

駅に向かうアスランに、サイは駅まで送ると何度も誘ったが、アスランは渋り、結局サイの根負けでアスランは歩いて駅まで行くこととなった。

店先で別れると、フレイとサイはサイの車に乗り込みすぐに他の車と紛れ、見えなくなった。

それを見送ったアスランは茜色に染まった空を見上げ、駅までゆったりとした歩調で歩き出した。

























サイに送ってもらい、ついでだからと強引に夕食もとってもらうことになったフレイはご機嫌だった。もともと興味を持っていたアスランに少しだけ近づけたということも起因している。

「ただいまー!!」

「お邪魔します」

元気よくリビングに向かうと、そこにはフレイを普段で迎えてくれる父、ジョージの姿はなく、代わりに最近では滅多に会わなくなった従兄弟がいた。思わず驚きのあまり全ての動作を止めてしまったフレイ。

そんなフレイの様子に眉をぴくりと不満気に動かすものの、彼は何も言わずただこれだけを告げた。「お帰り」と。

それに慌ててフレイは返す。

「た、ただいま。・・・・・・あー吃驚した。何でいるの?」

「いちゃ悪いのか?」

「悪くはないけど、驚くじゃないの!」

眉を顰めてしたから軽く睨みつけるが、全く気にした風はなかった。

「ぁ、久しぶりだな」

「・・・・サイか。久しいな、元気だったか?」

フレイに遅れてリビングへと着たサイも、彼に親しげな言葉を投げる。

フレイとは幼馴染で、ずっと小さい頃から一緒に遊んでいたこともあり、サイは彼女の従兄弟仲が良いのだ。

フレイの従兄弟、銀糸の美しい髪を綺麗に肩の上で切りそろえた彼、イザーク・ジュールは薄らと笑みを浮かべてサイに手を挙げた。

フレイと扱いのさまが全く違う。

それを見ていたフレイはぷっくりと頬を膨らましイザークを睨みつける。ずるい、なんでサイだけ。そんな感情を含ませた視線を一方的投げつけた。

フレイの視線を一身に背中で受けながらも、イザークは動揺することもなく、ただ落ち着きを払っていた。

全く相手にされないフレイはますます頬を膨らます。まるで、ふぐのように。

すると、イザークの背後からくすくすと笑う声が聞こえた。不審気にイザークの背後を見て、笑う人物が誰か確認するや否やフレイの不機嫌な顔は一変し、先ほどのような上機嫌なものとなった。

「ラクス!!」

嬉しそうに相手の名を紡ぎながらフレイは傍により、抱きついた。

イザークの背後にいたのは桃色で軽いウェーブの入った腰まである髪を持つ、おっとりとした女性。現在メディアでその人気を着実に上げ、歌姫とまで呼ばれるほどになったラクス・クラインであった。

「お久しぶりですわ、フレイ。お邪魔しています」

「ううん、いいの!!久しぶり」

「ありがとうございます」

ラクスはイザークの幼馴染で、彼経由でフレイも幼い頃から仲が良い。学年は同じだが、兄弟のいないフレイにとってラクスは時に姉であり、時に妹であった。そして、かけがえのない、大切な親友。

ラクスがメディアで活動する頃からだんだんと彼女が忙しくなり、なかなか会えなくなっていたので、こうしてじかにゆっくり会えたのは本当に久しぶりだった。

「今日はゆっくり出来るんだよね?」

「ええ。ご夕飯、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「勿論よ!今日はいい日だわ。サイもラクスもイザークもいるんだから!」

心底嬉しそうなフレイの様子に、サイもイザークもラクスも愛しそうに笑みを浮かべた。