大学の校門でアスランを待っていたのは、清々と輝くフレイの笑顔であった。記憶が確かならば、彼女は既に帰宅しているはずである。あの後、アスランに協力を取り付けた後、彼女は追われるように教室を後にしたのだ。

その後降りかかるアスランの災難なんて全く気にもせずに。

まあ、災難といっても、フレイにひそかに思いを寄せる生徒からの視線や、彼女のことを毛嫌いしているものたちの視線。それだけならばまだ災難とは言いがたいが、これに付け加えて、自称アスラン・ザラ親衛隊と名乗る女子生徒数名に囲まれ、今から断れ、あれはあの女の手だ、など五月蝿く言われたのだ。

フレイの件は置いておくにしろ、なぜ自分の選択一つでここまで赤の他人に、それこそ友人でもない、名前も顔すら知らない相手に言われなければならないのだろうかと憤慨する。

その場は急いでいるから、とやや強引に彼女たちを振り切り、アスランはもう受ける講義もないので早速資料調達の為に大学を後にしようとしていた。

そうしたら、彼女はいたのだ。満面の笑みを浮かべて。









「アルスターさん!」

「さっきぶり、ザラ君。ごめんなさいね、私のせいで」

「・・・・・・・」

誰から聞いたのか、フレイはアスランの身に降りかかったことを知っていた。彼女にそのことを教えて人物がいるという事は、アスランがフレイと一緒に資料集めをすると言う事は、学内中に広まっていると考えてもいいということだ。

なんてことだ。アスランは明日から晒される好奇の目を考え頭を抱えたくなった。折角地味に、ひっそりとした学園生活を遅れていたのに、これからも送るはずだったのに。

これでは自分の計画は水の泡ではないか!

心のうちで毒づくが、アスランは苦笑を浮かべ謝るフレイにそれを言うことはなかった。言ったところで事実は変わらない。

「なんか、私とザラ君が付き合ってる、とまで発展しちゃってるのよ」

「・・・・・・なんだって!?」

「だから、証明しに来たの。ここなら目撃者いっぱいだし、ね」

「・・・・証明って、何を?」

その質問には答えず、フレイはにっこりと、それこそそこら辺の男ならば一発で落ちるような甘い笑みを浮かべ振り返った。

そこには、1台の車が止まっていた。国産車、ではない。外車である。いまどき外車は珍しくないが、なんとなく乗っているものはどこかのお坊ちゃまだ、とアスランは判断した。

そんな考察をしているうちに、運転していたものが颯爽と降りてくる。現れたのは、栗色に近い髪の、サングラスをかけた男だった。与える印象は、しっかりとした、穏やかな人。決して軟派な男には見えなかった。

アスランは、その男を瞳に映した瞬間、言葉を失った。

その変化がわかるもの、例えばレノアやパトリック、カリダならばアスランが十分驚いていることが分かるくらいの表情の変化もあった。

「彼、私の恋人のサイ。サイ・アーガイルって言うの」

「・・・・・・・・サ・・・・イ・・・・」

「・・・久しぶり、アスラン」

得意げにサイの腕に抱きつきながら彼を紹介したフレイは、二人の遣り取りに驚きを示す。まさかこの二人が知己だなんてだれが想像するだろうか。

「・・・・知り合い、なの?」

何故かフレイの言葉が響いて聞こえた。他の音などは、シャットアウトしたように聞こえないのに、彼女のその言葉だけが、アスランの心に波紋を呼んだ。









サイ・アーガイル。アスランに存在する数少ない友人と呼べる知り合いのうちの一人である。二人の関係を正確に表すならば、知人の知人。サイとアスラン共通の人物がおり、その人物の伝で二人は交友を深めたのだ。友人と呼べるくらいに。

しかし、その人物。キラが亡くなってからは全く音沙汰がなかった。

アスランが、全てシャットアウトしていたのだ。

心配する手紙やメール、電話全てを。そして、大学進学を機に、家族とカリダにしか住所を教えずアスランは今住んでいるマンションへと引っ越した。

サイと会うのは、キラの葬式以来である。数年ぶりの再会だった。

「で、二人は知り合いなの!?」









あのままでは目立つ、という理由で、サイの車に乗り込み大学から目と鼻の先にある喫茶店へと移動した。そこで席につくなりフレイが発したのがこれである。

ずっとうずうずしていたのだろう。

「まあ、ね。ここの所連絡取ってなかったけど、友達だよ、俺たち」

「・・・・・・ザラ君、友達いたのね」

「フレイ!それはアスランに失礼だろうが!」

思わずこぼれてしまったのだろう。しかし耳ざといサイが聞き逃すことはなく。諌めるように声を荒げるが、フレイはだって、と反論する。

そんなフレイとサイにアスランは仲がいいな、という感想しか持たなかった。彼らが痴話げんかを繰り広げている原因が自分の事だというのに。

「すまない、アスラン」

「いや、気にしないでくれ。・・・・・それに、今の俺の周りには友人と呼べるような奴はいないから」

「・・・・・・・・お前、まだ・・・・・」

「・・・・・・・必然、なんだよ。サイ」

痛ましげな表情を浮かべる友人に、自嘲した声音でアスランは答えた。表情に変化はない。

彼のこんな顔が見たくなかったから、彼らのこんな痛ましげな、辛そうな顔を見たくなかったから、彼らとのコンタクトを断ち切ったというのに。まさかこんな展開で再会してしまうとは、自分は本当に運が悪いとしか言いようがない。

一方、二人についていけず蚊帳の外状態のフレイは不満でいっぱいだった。ただでさえ二人が知己であることに驚いているのに、この二人の間には何かがある。滅多やたらに口には出来ないことが。

興味本位で知りたい、ということを口には出来ない何かが。

「もうこんな時間か。・・・・・流石に今日は無理か」

ぼうっとしている間に二人の間にあるなんとも言えない空気は消え、アスランは自分の腕時計を見てため息をついていた。現在の時刻は午後の三時半を過ぎた所だ。

「何か約束とか用事でもあったの?」

「いや、早速資料を探しに行こうと思ったんだが、この時間じゃ今日中には帰りつかないから無理だと思って」

「・・・・・・そんなに遠いの?」

「ここから三、四時間はなれた場所にあるからな」

「えぇー!?」

三、四時間という事は、かなり遠い。昔に比べ結構な距離の場所も一、二時間ほどでつく中、三、四時間と言うのは相当なものである。

驚きの声を発するフレイに苦笑するサイと、微々たる変化ではあるが困った様子のアスランは顔を見合わせていた。

「交通手段がないから、電車乗り継いで歩くんだ」

「苦労して行く甲斐あって場所は自然に囲まれてのどかだし、資料の内蔵量は半端じゃないよ」

「サイも知ってるの!?」

「昔お世話になったんだ」

そう軽く笑うサイの様子には、どこか悲しみが滲んでいた。