「ところでアスラン君。彼女って確か・・・・・」

サイトのささやかな再会も終えたのだろうマリューの視線は、アスランの隣に立つラクスを真っ直ぐ見つめていた。マリューの言葉にアスランを除いた三人はラクスの知名度を思い出す。

フラガも目を瞬かせながらラクスを見つめていた。アスランはこくりと頷き、肯定を示した。

「・・・・・・本物?」

「はい。本物ですよ」

「・・・・・・知り合いなの?」

「ええ。と言うか、従姉弟です。ラクスは」

「従姉弟!?・・・・・道理で」

納得したように言葉を紡ぐマリュー。しかし、浮かぶ表情は晴れやかなものではなく、寂しさを与えた。彼女の隣に立つフラガは、人の好きそうな笑みではなく、穏やかな笑みを口元に刻んでラクスを真っ直ぐ見た。

「君が・・・・君は、まだ歌を歌っているのか?」

「ええ。活動していますわ」

一瞬面食らったものの、よどみなくラクスは答えた。その後の方では、手ごろな岩に座っていたフレイがあいた口が塞がらない状態で、フラガとマリューを見つめていた。イザークも言葉を失っている。サイは、事情を知っているので納得しているらしい。苦笑を浮かべてはいるが。

「ラクスって・・・・トップ歌手よ!!」

「え・・・・・えぇ!?」

「そ、そうなのか、アスラン!!」

「らしいです。俺興味ないからチェックとかしていませんし」

「曲を出せば毎回ミリオンセラー、歌姫の名を思いのままにしている歌手」

「ふふふふ」

本当に知らなかったようで、二人は目を何度も瞬かせていた。

「ごめんなさいね。ここ、ご覧の通り山奥だから、電波の通りが悪くって」

「必要最低限の情報以外は全部切り捨てているんだ」

「そうなんですの・・・・。あら、ではどうして私をご存知でしたの?」

ラクスの疑問は最もだ。必要最低限以外の情報を全てシャットアウトしているのは今に始まったことではないと予想するのは容易いことだ。それなのに、彼らは一応ラクスが歌手活動をしていると言うことは知っていた。まだ続けているのか、と聞くぐらいなのだから、まだデビューしたばかりの頃を示している可能性が高い。

ラクスの問いを聞き、マリューはちょっと待っててね、と言い残して小さな扉の中へと入っていった。残ったフラガは、笑うだけで何も言わない。

そう間を置かず戻ってきたマリューの手には、数枚のCDがあった。ジャケットに描かれているのは、ラクスであった。

「これは・・・・・」

「以前ね、ここで療養していた子があなたの歌が好きでよく聞いていたの」

「一日中流しているときもあってな。今もよく聞かせてもらっているよ」

「・・・・・療養していた方って・・・・」

訊ねるラクスの声は、若干震えていた。しかし、それに気付くものは居ない。

「亡くなったわ・・・・」

「素直で、優しくて。本当の息子みたいな子だった」

辺りがシンと静まり返る。悪い意味ではないが、思い雰囲気が場を支配した。

ラクスはフラガたちから視線を外し、アスランを見る。そして、言いかけてはやめ、また言いかけてはやめることを数度繰り返した。上手い言葉が見つからないのだ。きっとアスランには訊ねたいことは伝わっているだろう。しかし、それだけだ。分かっていても、アスランは望む答えを教えてくれはしない。

その事は、アスランにとって一番辛いことだから。今だってきっと、認めたくないと願っているはずだから。

しかし、それでもラクスは確認せずには要られないのだった。

「・・・・アスラン」

「なんですか」

「それは・・・・・その方は・・・・・」

「・・・・・・・」

「キラ、ですの?」

ふわりと風が吹いた。肯定するかのように、その風はラクスの問いが紡がれた瞬間吹いたのだった。

アスランは、真っ直ぐ見つめるラクスに対し目を伏せ、小さく肯定した。

「そう・・・ですか。・・・・・ありがとう」

「いえ・・・・」

「私の歌をあの方に届けてくださって、ありがとうございました」

数度しか会ったことが無かったけれど、ラクスにとってその人は特別な存在だった。

感情と言うものが欠如していた大切な従姉弟に、その感情を与えた人物。周囲のものを和ませる存在だったあの人。あの人のお陰で、アスランにも友達と呼べる存在も出来たし、ザラ一家の雰囲気がとても暖かいものになったのも事実だ。

感謝してもし尽くせないほどのことを、自分がなせなかったことをなしてくれた。

だから、彼が死んだという一報を聞いた時は、視界が真っ暗になった。アスランの光とも言うべき存在が、彼を唯一助け、支えあえる人物が、この世からいなくなっただなんて、どうしても信じたくなかった。

しかし、次の瞬間には、アスランのことが頭に過ぎった。信じたくない、などと言っている場合ではないのだ。あの人に依存していたアスランが今どんな状況にあるのかを考えるだけで、怖くなり、身体が震えたほどだ。

「・・・俺は、したいようにしただけですから」

そう答えるアスランの表情は、痛々しさをありありと感じた。













その後、一段と暗くなった雰囲気をフラガが一掃し、一行は資料の宝庫である建物内に足を踏み入れた。

見渡す限り本、本、本。後は広い空間に設置されている机と、大きな窓から覗く緑しか視界に入ってこない。

アスランとサイ以外は物珍しそうに本を収納している棚を眺めながら呆然としていた。そんな彼らの様子にサイは面白そうに笑みを浮かべる。最後尾にいるフラガとマリューも同様だ。

先導しているアスランは、書棚のマークに気を取られているせいか、後に続く彼らの様子など微塵も気付いていなかった。それぞれの棚に刻まれてある記号と番号を確認しながら、アスランは進んでいるのだ。彼は、どのマークにどのような資料が収納されているのか全て頭の中に刻んでいる。

管理人のマリューとフラガよりも、ここについては詳しかった。

「あった・・・・」

「この棚かい?」

「ああ。・・・・・分かりやすく、且つ詳しく書かれているのは、おそらく数冊だけだと思う。流石にまだここらへんはざっとしか手を出していないから記憶が曖昧で書名や冊数は覚えていないんだ」

「いや、それだけ分かるならたいしたもんだよ、本当」

半ば呆れたように告げると、サイは早速資料を手に取り、アスランの言っていた条件に当てはまるか否かを調べ始めた。それに慌てたのは、以外にもフレイであった。

「ちょっ、サイ!これは私の課題なんだから、手伝わなくてもいいのよ!」

「いいんだ。どうせ今欲しい資料も見たいと思う資料もないし。それに、もしかしたらこれを卒論で使えるかもしれないだろう?」

「そうかもしれないけど・・・・・でも・・・・」

渋るフレイにサイは笑みを浮かべると、再び本に目を落とした。何が何でもフレイの言を聞き入れるつもりはないらしい。

「サイがいいって言うんだから、この際手伝ってもらった方が楽だよ」

「でも・・・・」

「人の好意を無碍にしてはいけない。これはサイの好意だから、気にすることはない」

でも、とこぼすものの、サイの強情な一面をよく知っていたフレイは、その後何も言わずサイの隣に立つのであった。はにかんだお礼と共に。