しばらく経ち、外を見れば夕暮れが垣間見ていた。腕にある時計を見ると、既に五時を回っている。

読んでいた書物を閉じ、置いてあった棚に戻すと、サイは周辺で資料なのだろう読みふけっているアスランに声をかけた。



「アスラン、もう五時回った」

「・・・・・・・・・・」

「アスラン?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



返事は返ってこない。訝しげに近付いてみると、彼の視線は手の中にある文字の羅列に集中していた。外界をシャットアウトしているのだろう。ここまで集中できるとは、呆れを通り越して尊敬を覚えてしまう。

しかし、このままでは帰りつくのが日付が変わった頃になるかもしれない危惧がある。大きなため息をついたサイは、アスランの意識をこちらに向けさせるべく彼の肩に手を置いた。



「アーースーーラーーン」

「・・・・サイ?」

「いや、首傾げるなよ、そこで。じゃなくて!」

「・・・・・どうかしたのか?」

「時間。もう五時過ぎたんだ」



サイの言葉にアスランも自分の腕に嵌めている腕時計を見遣った。いまどき古風な長身と単身と秒針とで時を刻むその時計は、五時が過ぎていることを示した。

早々にここを出なくてはならないな、と言う考えが頭を過ぎった。同時に今から準備をしてサイが運転してきた車までの時間を考える。



「俺は他の皆に声かけてくるから、アスランは必要な資料コピーしてきな」

「すまない・・・・」



数冊の本を抱えてコピー機へと向かうアスランの背中を見ながら、サイは切なそうに眉を顰めた。アスランが謝罪の言葉を口にしたとき、ふと甦った今は亡き友人と彼の遣り取り。





「アスラン、君ねえ・・・・・」

「?なんだ?」

「こういうとき、すまない、はないでしょう!すまない、は!!」

「え・・・・」

「君は何も悪いことしていない。違う?」

「違わない」

「だったら、こういう場合は、“ありがとう”でしょう!?」

「・・・・・・・・・・・」

「何黙ってるのさ。・・・・・ホント、アスランしっかりしてるのにこういうところは抜けるんだから・・・」






あの時の君はいつも穏やかで、君たち二人を見ているだけで俺たちは幸せを感じれた。

だから、悲しく思う。彼と言う存在を失った君を。片羽をもがれたかのような君の姿を。

サイは思考を切り替えるため軽く頭を振り、一番近くにいるフレイに声をかけに行った。













結局そこを出るときに時計は既に七時を回っており、辺りは暮色に彩られていた。

暗くなってから戻るのは危険だというフラガとマリューの言葉に一同言葉を失う。別に明日に重要な用事があるわけではないが、帰れないというのは話が別なのだ。

そんな彼らに夫妻は温かく言葉をかけた。



「仕方がないと思ってうちに泊まらないか?」

「え・・・・・」

「しかし、悪いですよ」

「いいのよ。常にこの人と二人きりだし、たまには大勢って言うのも味わいたいの」

「まあ、どっちにせよ君達がよければ、の話だがな」



決めるのは君たちだ、と言うフラガに一同は目を見合わせどうしようか、という雰囲気になった。行きの道だけでも危ないということは分かった。それに視界の悪さまで上乗せされてしまったら遭難する可能性は半分を上回る。



「どうする?」

「ラクス、仕事は大丈夫なの?」

「大丈夫ですわ。イザークは、大学の方は?」

「問題ない。お前たちも大丈夫なのだろう?」



視線の先にいたサイ、フレイアスランの三人は肯定するため頷いた。

別に今日泊まっても明日駄目なものはここにはいない。

ならば断る理由もない。かくして一同はフラガたち夫妻の親切に甘える事にした。













「じゃあ、サイ君とえーと・・・」

「イザークです。イザーク・ジュールといいます」

「ありがとう。イザーク君はこの部屋でいいかしら?」

「はい」

「ありがとうございます」



案内された部屋は必要最低限のものしかなかったが、不思議と冷たさを感じさせなかった。

綺麗なシーツの叱れたベッドが二つあり、脇には机が設置されている。壁紙は白を基調としたススキのような植物で描かれており、二つのベッドの間にある小さな棚の上には一厘の花が花瓶にいけてあった。

荷物を置いたら居間に来てね、と言う言葉を残し、マリューは残りのメンバーを引き連れていく。

サイとイザークは室内に足を踏み入れると、宛がわれたそれぞれのベッドに腰をおろした。



「まさか泊まりになるとはな」

「電話が通じるだけありがたいね。家に連絡できるから」

「ああ」



軽く笑いあい、二人はいそいそと持ち物のベッドの上に置くと部屋を後にする。

そして、最初に通された居間へと向かった。