「えーと・・・・・・・これは?」

「ああ・・・・ちょっとアスランのことからかったんだ」

「まさかここまで赤くなるなんて思わなかったけど。可愛かったから思わず写真に残しちゃった」

茶目っ気たっぷり笑うマリュー。そんな理由でこの写真は撮られたのか、と思うと何故か感謝やら同情やらが入り混じった感情がこみ上げてきた。

しかし、本当にここに映っているアスランは感情豊かだ。今の彼が信じられないくらいに。

「・・・・・・どうしてキラって人は亡くなったんです?」

「さっきも言ったとおり病気よ」

痛ましげに歪むマリューの表情。フラガも言い表しがたいものだ。二人にとってもまだ完全に吹っ切れたわけではないのだろうか。

フレイがどんな病気だったのか聞こうとしたその時。

「・・・・・人が風呂は入っているときに何見てるんですか」

呆れたような声音のアスランが立っていた。何時からいたのだろうか、全く気配を感じさせなかった。だからこそフラガとマリュー以外は瞠目して驚いた。

「アスラン何時の間に上がったのです?」

「つい先ほど。・・・・・何見せてるんですかお二人とも」

「あら、いいじゃない。別に隠す必要はないんだし」

「それは・・・・・そうですが」

「ちょうどよくアスランも来たことだし、本人話を聞いた方が手っ取り早いな」

フラガの意見にアスランはぎょっとしたように目をむいた。そしてすぐに睨みつけるような視線をフラガに向ける。相当嫌なようだ。

「何が嫌だって言うんだ?可愛い恋人ののろけ話出来るんだぞ」

「・・・・・恋人?」

「な・・・・・・・」

フラガの言葉にフレイとイザークが固まった。サイは当時の雰囲気を知っていたので想像がついていたらしい。ラクスに至ってはそれが切欠でキラと仲良くなったようなものだった。

「フラガさん・・・・」

「あれ?言っちゃまずかったか?」

「恋人って・・・・・この人アスランの親友兼幼馴染じゃ・・・」

「それに恋人ってのも追加されるんだ」

「・・・・・・男じゃ?」

「そんな些細なことを気にしちゃ大物にはなれんぞ」

混乱する彼らに対し、アスランは大きなため息をついたかと思うと、そのまま一同が座る傍に自分も腰をおろした。

自分から喋るわけではないが、下手に変なことを言われないよう監視するためである。

「相思相愛で可愛かったぞ。このときもキラのことでアスランをからかったんだ」

「って、なんでそんな写真あるんですか!!」

「可愛かったからつい撮ったそうだ。マリューさんが」

「マリューさん・・・・・」

「いいじゃない、別に減るものでもないんだし」

「それは・・・・・・そうですけど」

憮然とした表情を消さないアスランは、マリューの言葉に詰まる。マリューの言葉は的を得ているからだ。だからといって快く一緒に見ていられるほどアスランは人間が出来上がっていない。

それを承知でこの夫妻は何時もいつもアスランをからかってくる。

「・・・・・・じゃ、次行くぞ」

「はーい」

フラガがそう言って次のページをめくると更に線が細くはかない印象を強めたキラの姿が映っていた。浮かべられた笑みは弱々しい。

先ほどまで嬉々として楽しげな雰囲気だったその場が、だんだんそがれはじめた。

「え・・・と」

「言っただろ?キラは病気で死んだって。ここには療養できてたんだ」

「だから、ここから先は、こんな感じの写真の方が多いわ・・・・・でもほとんど撮ってないけどね」

それもそうだろう。病人を嬉々として写真に収めるものはそういない。まして、死期が近いものなら尚更そうだ。

フレイたちの雰囲気がしんみりとする中、アスランはじっとそのページに収められている一枚の写真を見ていた。他の写真は撮られたときの事を覚えているのだが、それだけ全く記憶にないのだ。

アスランの視線の先には、ベッドで眠るキラと、そのキラの手を握り優しく笑んでいる自分の姿があった。

キラの肌の色は、病弱ということがよく分かるくらい青白く、腕も細い。顔の輪郭もふっくらとしたまろやかさが失われている。

それなのに、キラの手を握る自分は心の底から笑みを浮かべていた。この頃には笑みの中に深い悲しみが滲み出ていたというのに、この写真にはその節が全くない。

「アスラン?」

「フラガさん、マリューさんこの写真・・・・」

アスランが指差した写真に、問われたマリューやフラガは勿論のこと他のものたちも視線をやる。しかし、これといって腑に落ちない点はないし疑問もない。これがどうしたのだろうかと首を捻っていると。

「・・・・・これ撮ったのマリュー?」

「ええ。あなたが居ないときに」

「マリューさん、隠し撮りはアレだけ・・・」

「ごめんなさい。でも、記念よ、記念」

「え・・・?」

マリューの刺す所が察しきれないアスランは戸惑った。記念、と言われても何も心当たりがないのだ。

アスランが困惑しているのが分かったマリューは、しょうがないわね、と言わんばかりに苦笑を浮かべアスランに耳打ちした。

途端、アスランの顔は驚愕に染まり、そして、懐かしそうに綻んだ。まるで、蕾が花咲くかのように。

そんなアスランを見て、イザークは全く動かなかったアスランの表情が変わったことに目を見開いて驚き、フレイはその表情の秀麗さに思わず頬を染めた。そして学内の女性とたちが騒ぐだけの事はあると思わず納得していた。

「なんだよ、記念って」

「秘密よ、秘密。本来ならば私も知ってはいけなかったことだもの」

「アスラン」

「フラガさんには、いえ、フラガさんにも教えられません。それがキラとの約束だから」

「・・・・・キラとの約束ならしょうがないか」

アスランの言葉にフラガは肩をすくめるとそれ以上問うことをやめた。そして、徐に立ち上がると居間を出る扉へと向かった。

「ムウ?」

「風呂入ってくる。先がつかえてるしな」

背を向けたまま手をひらひらと振り、フラガは部屋を後にした。そして足音が遠ざかってゆく。

「えっと、次めくってもいいですか?」

「あ、ええ、どうぞ」

何となくフラガ出て行った先を見つめていたマリューは、フレイの声に意識をこちらに戻した。

マリューの許可を貰いフレイがいそいそとページをめくる。

しかし、そこには一枚しか写真が収められていなかった。たった一枚。しかし、今までの中で一番、キラの、キラとアスランの笑顔が輝いているものだった。キラの背後に写っているのは、数刻前までいた図書館のようだ。パジャマではなく私服を着ている。そのキラを背後から抱きしめるアスラン。

その写真を見ていたサイは何気なく顔を上げ、アスランの表情が再び消えていることに気付いた。