真っ直ぐと、キラと自分が写った写真を見つめるアスランの瞳には深い悲しみが色濃く描かれている。しかし、その表情は精巧な人形のように感情の機微が感じられなくなっていた。 再会したときと、同じように。 「これで、お終い」 「この写真が最後なんですか?」 「ええ。もうこの先のページには一枚も写真なんてないわ」 マリューはそういいながらアルバムを閉じた。そしてしまう為に立ち上がる。 マリューの姿を目で追いながら、太めにした時計が刻む時刻は、十一時半。後三十分で日付が変わる時刻となってしまう。 別にこの歳になるとその時間を過ぎて寝ることなどさして珍しいことではないが、ここは他人の家。そして、明日は午前中に帰る予定にしている。夜更かしは得策とは思えなかった。 「そろそろ寝たほうがいいな」 「ええ、そうですわね」 「マリューさん、僕たちそろそろ休みます」 「写真ありがとうございました」 口々にそういいながら四人は立ち上がった。 「アスラン、お前どこで寝るんだい」 「・・・・以前使って部屋で」 いまだ座ったままのアスランにサイが問いかける。お前も早く寝たほうがいいと含ませながら。 「そっか」 「ああ・・・・・おやすみ」 「おやすみ」 立ち上がった自分を真っ直ぐと見上げ、アスランは言った。この言葉で、再はまだアスランが寝ないということを悟った。 「おやすみなさい、アスラン」 「おやすみ、アスラン」 「出発は午前中だということを忘れるなよ」 「ああ、分かっている。おやすみ、ラクス、フレイ」 アスランの返事を聞くと、四人は揃って居間を後にした。 四人が出て行ってすぐ、アルバムをしまったマリューが再びアスランの元へ戻ってきた。 「まだ寝なくても大丈夫なの?」 「ええ。大丈夫です」 「そう。・・・・・・キラ君の部屋で、休むんでしょう?」 「そのつもりです。いいですか?」 「全然構わないわ。むしろその部屋以外を使うなんて考えていなかったわ」 どうやらアスランの行動は読まれていたらしい。くすくすと笑うマリューにアスランはくすぐったさを感じた。 「いい湯だった〜」 なんとも親父くさいことを言いながら戻ってきたフラガはタオルを首にかけ、早速冷蔵庫を覗いている。 風呂上りの一杯を飲むつもりらしい。 「こら、ムウ!何自然に飲もうとしてるの!?」 「なっ、いいじゃねーか!俺のささやかな楽しみ・・・・」 「駄目ったら駄目!あなた酒癖悪いんだから」 「マリュ〜〜」 なんとも情けないフラガとぴしゃりとそれを言いくるめてしまうマリューの痴話喧嘩を耳にしながら、この二人は変わっていない、と実感した。 だからであろうか。これからどうなるのか手をとるように分かるアスランは早々避難することを決めた。 「それじゃ、オレももう休ませてもらいます」 「あら、そう?」 「はい。お休みなさい」 「お休みなさい」 「しっかり休めよ」 先ほど喧嘩していたのはどこへ行ったのか、二人はにっこりと笑ってアスランを見送った。 アスランが居間を後にしてしばらくした後、再びコングが鳴り響いたのを知る者は、誰も居なかった。 居間を出てそのまま真っ直ぐ奥まで進み、突き当りで左に曲がって少ししたところに、ひっそりと部屋がある。アスランは迷う事無くそこへ行くと、閉じられた扉の前で、足を止めた。 この先にある空間は、二人でいた最後の幸福の時間が今も眠っている場所だ。本来ならば使用していたキラがこの世を去っているので片さなければならないのを、フラガたち夫妻が好意で残してくれているのだ。 あの時のまま、一切手を入れずに。 この扉を開けると、いつもベッドで眠るか起き上がるかしているキラの姿が自分を迎えてくれた。どんなに辛くても、キラはアスランが顔を出すといつも笑みを浮かべて迎えてくれた。 アスランはドアノブをまわし、扉を押した。 飛び込んできたのは、暗闇。カーテンが閉められていない窓から差し込んで来る月の光がどこに何があるのかをうっすら灯してくれるが、殆ど暗闇に近かった。 当然のことではあるが、誰もいない。迎えてくれる笑顔も、穏やかな空気も。何も感じられない。 頭では分かっていながらその事実にアスランは知らずショックを受けた。キラがいなくなってからここ三年。キラがいない、という決定的な事実をアスランは半ば避ける形で過ごしてきた。だからだろう。 この場所は、アスランの中で上位に入るほど、キラの存在が残る場所なのだ。 そのまま立ち尽くしているわけには行かないので、室内に入ってすぐ左側にある電気のスウィッチを押し、明りを灯す。そして、開きっぱなしのカーテンを閉め、ベッドに腰を下ろした。 今日は疲れた。そのまま横になりながら、今日一日で起こったことを思い返しながら、想像以上に体が休息を欲していることを知る。 間をおかず襲ってくる眠気に抵抗する事無く、アスランは意識を落とした。 「ねーラクス」 「なんですか?」 「ラクスはさ、さっきの写真の子。知ってるんだよね?」 「ええ。一度だけ、お会いしたことがありますの」 フレイが目にしたラクスの顔は、普段よりも更に優しげに微笑んでいる。懐かしげなその雰囲気に、出会った時のことを回想しているのではないかと簡単に想像できた。 「でもそれがどうしまして?」 「うん。よければなんだけどさ、そのこの子と知りたいなって」 「え・・・・・キラのことをですか?」 「うん」 フレイの発言は意外だったらしい。ラクスは目を数度瞬かせ、フレイを凝視していた。 ラクスの反応にフレイは、若干むくれはするものの、ラクスの返答待つ。 「一体どうして?」 「興味がわいたの。皆その子のこと話すとき優しげでいて悲しげでもある。だから」 ―――キラがどのような人柄だったのか、詳しく知りたかった。 ラクスはほんの少し考えるような動作をするが、それも束の間、すぐフレイの隣に腰を下ろし、心底嬉しそうに、彼女にしては珍しくはしゃいでいる様子で口を開いた。 「では、私がキラと出会ったときのことをお話しますわね」 紡ぐのは、過去 もう決して戻ることが出来ない、過去 会うことも叶わない、彼の人 幸福であった、あの日々 紡ぐのは、過去 |
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