物心つく頃から、あなたの歌は綺麗ね、聞いていると心が落ち着くわ、と言われ続けていた。

それと同じように、影で誹謗中傷が囁かれていた。

ラクスは幼い頃から聡明な子供だった。同じ年頃の子供たちに比べて、ラクスの見えている世界は広かった。だが、それは所謂異端だ。殆どの場合、人は少しでも抜きん出ている者に対して非常に冷たい。だから、ラクスは自分を演じた。

ラクスは他の子供と比べ、歌うことに秀でていた。ラクスの歌には、人の心を和ませる不思議な力があった。

ラクスが歌うとささくれ立った心は落ち着き、穏やかな表情を浮べる。ラクスはそれを見るのが好きだった。人の心を癒せる自分が好きだった。

一人でも多くの人を救いたい、癒したい。それが、ラクスの願いだった。



しかし、本当は。本当に救いたいのは、たった一つだった。

ラクスの、従兄妹に当たるザラ一家。彼らのすれ違いを、いがみ合いを、ラクスは一番如何にかしてやりたかった。









多くの人を癒したいと願った幼い日から、早数年。ラクスはデビューを控えた最後の春、従兄妹の家へ遊びに来ていた。

従兄妹の家、つまりザラ家なのだが、そこはラクスの家から少々距離があり、片道だけで半日費やすのである。それ故頻繁に行くことが出来ず、かといって来て貰う事も出来ず、季節の節目の大きな休みにしか通うことが出来なかった。

しかも、此処最近はラクス自身が歌手としてデビューするなど諸々の事情が重なったためかなり多忙の身であったため軽く二、三年はご無沙汰してしまっている。

行く度、または来る度、従兄妹に当たるアスランのことが気がかりで仕方がなかった。生まれながらの性質なのか、アスランは人付き合いがめっぽう下手だった。悪い事に表情も乏しく、コミュニケーション能力が著しく欠如していた。

更に人見知りが激しい、という、なんともまあ天晴れな子供だった。しかし、ラクス同様聡明な子供でもあった。



久方ぶりに会うアスランに思いを馳せ、ラクスはザラ家付近の桜並木の下をゆったりと歩いていく。

風に誘われて桜花がはらはらと舞う。辺りは住宅街なだけあって閑静なたたずまいばかりだ。都会の喧騒など一切聞こえてこない。視線を巡らせば少し離れた所にある公園の桜が目に飛び込んでくる。

今歩いている桜並木に負けずを劣らず立派で美しく満開に咲いている桜だ。確かあの公園には大きな池があり、その水面に反射して映る桜はさぞ美しかった、と数年前連れられてみた景色を記憶の糸を手繰り寄せて思い出す。



そうこうしている内に、ラクスの足は一軒の豪邸に程近い大きさと広さを持つ家の前で止まった。

最後に来た時となんら変わりの無い建物。急に懐かしさが胸をこみ上げ、呼び鈴を押す手が震えた。

事前にラクスが行く旨は伝えてある。叔母であるレノアの嬉しそうな承諾の声は今も耳の奥に残っている。だが、肝心のアスランや叔父はどうなのだろうか、と考えるだけで、今まで全く感じなかった不安が急に膨れ上がった。



『どちらさまですか?』

「お久しぶりです、叔母様。ラクスです」

『まあ、ラクスちゃん!?もう着いたのね。今開けるわ』



インターフォンから聞こえる嬉しそうなレノアの声。少しだけラクスの不安が消えた。

程なくして玄関の扉が開き、門までレノアが走り寄って来る。満面の笑みを浮かべて。



「お久しぶり。大きくなったわねえ・・・。しかもこんなに美人に育って」

「ご無沙汰しています、叔母さま。叔母様もお変わり無いようで嬉しいですわ」

「ふふふ、さあ、入ってちょうだい。疲れたでしょう?」

「ありがとうございます」



レノアに導かれるまま、玄関の中に入る。

靴を脱ぐとそれを揃えた。コレに関しては幼い頃から母に口を酸っぱくして言い含められている。



「お邪魔します」

「いらっしゃい」



そのままレノアの案内で居間へと導かれた。

ラクスが寝泊りさせてもらう部屋は客間で、複数ある客間のうち玄関から少々離れた所にある。先に荷物を置いてきたほうが良いかもしれないが、置いてこなければならないほど大きな荷物でもないとレノアが判断したのだろう。先にお茶を飲んで落ち着くのが先らしい。



居間に入って、まず目に飛び込んできたのは、ソファーに座って本を読むアスランの姿だった。

軽い衝撃を覚えた。少々目を見開いてしまったし、動きが止まってしまった。他意はない、純粋に、アスランが居間にいるとは思っていなかったのだ。

数年前来た時、アスランは食事以外の時間で居間に居る事はまずなかった。食事の時間にふらりと現れ、終われば早々に自室へと引き返していく。

ラクスがアスランと会話をするのは専らラクスがアスランの自室まで足を運ぶことが前提であった。

それなのに。今、アスランは居間に居る。とても自然にソファーで寛ぎ、本を読み耽っている。いったいアスランの未に何が起こったというのだろうか。



「どうかしたの?」



動きを止め、入り口で立ち尽くすラクスを心配したレノアが顔を覗き込んでくる。

ラクスは我に返ると、何事も無かったかのように、首を振る。感じた衝撃を隠して足を進めた。



「アスラン、ラクスちゃんが来たわよ」

「え・・・・・・あ」



レノアに背後から小突かれ、アスランの視線を本から外れた。そして、真っ直ぐラクスに向けられる。

アスランの瞳の中に驚きが浮かんだ。そして。



「いらっしゃい、ラクス。お久しぶりです」



掛けられた言葉と共に浮べられたのは、淡い笑み。

ザラ家に遊びに来て今の今まで一度も見たことの無い、アスランの自然に浮かべられた笑みだった。

















「あのときの衝撃は、口では表せませんわ。もう、本当に驚いてしまって、その後思わず持っていた荷物を床に落としてしまって、お二人に心配をかけてしまいましたの」



あのころはまだまだ私も未熟でしたわ。

既にラクスの目に映るものは過去の情景だ。紡がれる言葉は話をせがんだフレイに対してだが、視線は違う。遠い過去に向けられている。それが気に食わない、と思うわけも無く、フレイは適当に相槌を打ちながらふと思う。



ラクスにせがんだのは、キラという少年に関してのことだったはずだが。



今ラクスの聞かせてくれる話は、かつてのアスランだ。まだ話は始まったばかりだが、今のアスランと然程変わらないように思える。人付き合いが苦手で、人見知りが激しく、表情に乏しい。それに加えて、フレイは、今は進んで人と関わらないような気がしてならなかった。ここ数日アスランと関わり感じたことだった。



「その後お茶を頂いて。三人で一緒にお茶を、しかも談笑しながら頂いたのは、やはり初めてのことでしたわ」

「そんなにラクスが驚くって事は、アスランほんとに付き合い悪かったのね」

「ええ、そうですの。今では向こうの弱みを握ってますから、面と向かっていればそんな事はないのですが、昔はもうお手上げでしたわ」

「・・・・・・・・・・・・今物騒なこと言わなかった?」

「そうですか?何も言ってませんよ?」



首を傾げるラクス。ラクスだけは敵に回してはいけない。フレイは再認識した。

そしてフレイは話の続きをせがんだ。