レノアの入れた紅茶と手作りのクッキーで一息つくと、ラクスは改めてしげしげとアスランを見つめた。

いや、観察した、というほうが正しいかもしれない。穴が開くのではないかと思われるくらい、じっと見ていたのだから。



「・・・・・ラクス」

「なんですか?」

「俺の顔に、まあ顔限定じゃなくてもいいんですが、兎に角何かついてますか?」

「いいえ、数年前より少々精悍さが増しました、位の微々たる変化しか見受けられませんが」



まだまだ化粧の乗りも良さそうですし、女の子用の服も着れますわ。

足元の鞄の中からすっきりとしたデザインのワンピースを取り出した。それを認めた瞬間、アスランの顔色がざっと悪くなり、ぴくぴくと頬を引きつらせた。

走馬灯のように、アスランの脳裏に過去の光景が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。

全て、レノアとラクスの口車に乗せられて、あられもない格好にされた上、写真をバシャバシャ撮られた記憶だ。リボンで髪を結われたこともあった。同じ柄で色違いのエプロンドレスを何度も着せられた。兎に角着せられる服は、全てスカートだった。

それら、アスランにとって唯一の汚点を収めた写真の大半は、執念で細かく破り、立ち上る煙としたが、特に羞恥心を煽る写真だけは未だ手に入れていない。

つまりはまだ、レノアかラクスのどちらかが、あるいはそ両者が所有しているということになる。



「・・・・・・・・・最初に断っておきますが、やりませんよ」

「あら、どうしてですの?」

「俺は、男です」

「そんなもの百も承知していますわ。むしろ今更アスランが女の子なのです、と言われても非常に困りますし」

「・・・・・・・・・・・・・・ラクス」



アスランは両肩がずっしり重くなるのを感じた。数年ぶりに会うが、やはり天然なところが抜けない従兄妹の台詞はどうも神経質気味の気があるアスランを振り回す。無意識の内に大きなため息がアスランの口から零れていた。



それに反応してか違うのか、アスランに注がれるラクスの視線が対象を観察する目から見守るような優しいものへと変わった。



「表面は微々たる成長しか見せていませんが・・・・・内面は、とても成長しましたのね」

「そう、ですね」

「まあ・・・・アスランが認めるだなんて」

「おかしいですか?」

「いいえ、全く」



心の底から嬉しそうに笑むラクスに釣られて、アスランもまた口元をほころばせた。

レノアは二人の遣り取りをただ静かに見守っているだけだったが、始終ニコニコし通しであった。



暫くして、レノアの厳命の元、アスランがラクスを客間へ案内しようと今を出たその時、チャイムがザラ家に響き渡った。

ちょうど玄関の真正面にいたアスランは、その場でレノアに自分が出る旨を伝え、相手が誰かも確かめずに大きなドアを開ける。ラクスはそのアスランの一連の行動に目を瞬かせるものも、鞄を持ったままその場で立ち尽くしていた。



「お邪魔します!」

「約束の時間はとっくに過ぎてるぞ」

「細かい事は気にしないの!若いうちからそんなだと、将来はげるよ?」

「はげッ・・・!?キィラ・・・・お前なあ」

「あはは、冗談だよ。ごめんね、母さん出かけててお昼ご飯作るのに手間取っちゃった」



アスランの姿が邪魔でよく見えなかったが、ソプラノの気着心地の良い明るい声が玄関ホールに響く。会話を聞く限りかなり親しい中だとうかがえた。このこともそうだが、何より驚いたのはアスランだった。先ほどからラクスと話している時も、以前と比べようも無いほど愛想と言うものがあった。感情が表情に出ていた。しかし、今はその比でない。残念な事に背を向けられているので表情までは分からなかったが、声にこれだけの感情が混じっているのだ。呆れや、怒りや、優しさや、日常に溢れている感情がそれはもう、沢山。



この子のお陰なのだろうな、と。そう考えると、何故だかすっきりした感覚で会話を続ける二人を見ていた。

ずっと、どうにか人並みの感情を与えたかった従兄妹を。

心の扉を開くことが出来ずどうしても硬く閉ざしていた、アスランを。

救ったのは、扉を開いたのは、光となり、世界を教えたのはこの子なのだ。

ラクスが成し遂げたくて、でも成し遂げられなかったことをやってくれたのだ。

そのお陰でアスランは人並みに近付いている。この際、これ以上望むまい。アスランの人見知りと極度の不器用はきっとアスランの性質として受け入れられるだろう。





多分。



声をかけるわけにもいかず、立ち尽くしたままでいると、アスランの右横からひょっこりのぞかせてきた顔があった。

大きくパッチリとした紫紺の瞳が印象的な、男とも女とも区別がつかない中性的な子供。ラクスとバッチ知り視線が合い、見知らぬラクスに目を瞬かせること数回。次いで首を傾げると、チョコレートを連想させる明るいブラウンの髪がさらりと流れる。

ラクスも目を瞬かせながら、キラの視線から逃れることも、向けることも止められなかった。



「アスラン・・・・あの子、誰?」

「え・・・・あぁ・・・」



キラの疑問に、漸くアスランはラクスの存在を思い出したらしい。ラクスに向ける視線の中に謝罪に似た感情が含まれていた。知らない間に感情が乏しかった従兄妹は人並みとなったが、それと同時に備えていた可愛らしさを激減させてしまったようだ。これでは楽しみにしていた着せ替えごっこ+写真撮影の望みが費えてしまう。ラクスは悲しくなり、知らず知らず、歎息していた。



「俺の従兄妹。ラクス・クラインだよ」

「初めまして。ラクス・クラインですわ。よろしければあなたのお名前をお聞かせくださいな?」

「あ、ごめんなさい、ラクスさん!」



ラクスはアスランと子供の傍に近付く。

子供は慌てて靴を脱ぎ、アスランの横に並ぶと、にっこり無邪気な笑みを浮かべた。

まるで太陽のような、明るさと、輝きを持つその笑みに、ラクスは一瞬声を失った。吹いたわけでもないのに、一陣の風が通り過ぎていったような錯覚に陥った。



「初めまして。僕、キラ・ヤマトって言います」

「キラ、様・・・・・」

「・・・・・・ラクス?」

「え・・・・・・・あ、いや、そのさま付けは勘弁って言うか、そのまま呼び捨てでお願いします、ラクスさん」



恍惚とした色を瞳に浮かべ、ラクスは真っ直ぐとキラを射抜いていた。

訝しげなアスランの視線を感じた。様付けされたことを逃がす事無く聞いたキラは慌てふためきながらもきっちり自分の主張を伝える。しかし、ラクスは呆けたままだ。



「ラクスさん?」

「ラクス、気分でも悪いんですか?」



普通でない態度に、アスランとキラが同時にラクスへと一歩距離をつめる。心配げに見つめる視線は真っ直ぐラクスに向かっていた。



「・・・・・・ごめんなさい、何でもありませんわ」

「ですが・・・・・」

「今日は驚きの連続でしたから、ついつい固まってしまっただけです。そうそう、キラ、私のことはラクスとお呼びください」

「あ・・・・はい」



戸惑いを隠せないながらも了承をくれるキラににっこりと微笑む。その笑みはとても満足そうであった。